第885話 モルソバーンにて 其の七 ②

 中央の通路は少し傾斜があった。

 やはり灯りなどは無く、普通なら何も見えないだろう。

 多分、私達と同じく、ここにいるモノも光りを必要としていないのだろう。


 先を進むイグナシオが立ち止まる。

 音だ。

 音がした。


 カサカサと何かが這い回る音。

 通路は、グリモアが見通した通り、奥で左に曲がっていた。

 この構造物は、今まで見たこともない作りだ。

 一見すると生き物のようであり、細かく見れば金属も含まれている。

 柔らかいような線と人工物らしい直線が不規則に繋がっていた。

 表面は黒く、粘液をたらし、そして脈打っている。

 生きているように見えるし、生き物ではないとも思えた。

 ここが第四の領域に侵食されて、理が意味を失っているからか。

 見たことも無い悪夢を形にしたような醜悪さだ。


 その混乱した様相に、息をするのも忘れそうになる。


 立ち止まるイグナシオに追いつく。

 通路は左に曲がりきると、眼の前には壁が聳えていた。

 上を向けば微かな明るさと先に続く様子が見える。

 この壁を越えた先に通路とは別の広い場所がありそうだった。


 ただの壁なら、イグナシオも立ち止まらなかったであろう。


「冗談みたいっすね」


 ザムの呟きに、イグナシオは首をまわした。


 眼の前には黒い壁。

 その壁には臓物が一面に埋まっている。

 バラバラの生き物の内臓が、黒いモノに埋まり動いていた。

 それが人間であるのか、動物のモノであるのかは不明だ。

 所々で動く眼球も、取り出されてしまえば人であるとは断言できない。


「俺達の姿は見えているのか?」


『繋がっている感じがします。

 ナニカが見ているのかまでは、わからない。』


 蠢く音は、この壁の向こう側からだ。

 壁の端による。

 と、そこに足場のような骨組みがあった。

 骨組み、まさに人体の肋骨のようなモノが突き出ている。

 それが天井付近まで繋がっていた。

 触れて確かめれば、人の骨のように脆くはない。

 手触りはやはり金属のようで、体重をかけても軋む様子はなかった。


『登るのなら、私をおろしてください』


 返るのは、やはり無言だ。

 カーンは私の片手をとると、自身の首に巻き付けた。

 じっと見つめ返す瞳は、硝子のようで心情は読み取れなかった。

 それでも私の背を押さえしがみつかせる。

 しがみつき、その肩越しに見る景色は、酷く歪だった。

 個人の感情よりも、その異界の姿への疑問が大きくなる。


 あの宮の底とは違う感触がした。

 匂い手触り、感じる全てが棘を含んでいる。

 恐ろしい場所である事は変わらぬのに。

 何処か馴染のある景色だと思う。

 馴染みあるが、奇妙で不快な感触、相反するもの。

 多分、グリモアの感覚からすれば、同じ材料で料理を作らずに、食べられない物を作ったような感じだろうか。

 そう同じ材料だ。

 オルタスの生き物としては受け入れがたい景色なのに、ここにあるのは全て見知ったモノなのだ。

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