第414話 木の葉の船 ⑥

 暫くぶりに、雨が上がる。

 空を流れる雲は急ぎ足だ。

 景色は雨上がりに滲み、それでもいつもよりは明るい。

 教会の敷地は鉄柵に囲まれている。

 小さいながらも墓地があり、納骨堂もしっかりとした大きな石造りの物がある。

 城塞の町としては、教会の敷地は広い方だ。

 だから、町の集会場も兼ねているし、子供を集めて教育も施す。

 それでも城塞の人の数を考えれば、墓地は小さい。

 小さくて事足りるのは、そもそもここに骨を埋めるのが、故郷のない人だけだからだ。

 城塞ができて長い年月が経ってはいたが、ここで産まれてここに帰る人は少数だ。

 基本は砦相手の商売であり、働き手は年季奉公や借金奴隷、行商人と定住者は一握りだ。

 それも彼らの殆どに故郷があり、ここは一時の住処らしい。

 おまけに城塞の兵士も循環してる。

 常備兵力は地元民ではなく、それさえも王都からの選抜隊だ。

 彼らも入れ替えられていくので、本来の城塞都市としては異例の場所らしい。

 らしいというのは、本来の城塞都市というものを私が知らないからだ。

 そんな私にむけてのニルダヌスの説明である。

 町の住民が激減して後、あまり増える事無く今の状態になったそうだ。


(あまり縁起の良い話ではないからね。誰も語らないし、新参者だけが気軽に口に出せるのさ)


 正直に言えば、怖い話は嫌だ。

 怖い話の中でも残酷で苦しい話は、今の萎えた気持ちで聞きたくない。

 止めてほしい。


(わかっているよ。

 それほどの話じゃないのさ。

 この町、土地は一度、滅びかかっただけさ。

 これは東全体の問題だ。

 だから、ここが特別というわけではないよ。

 歴史としてあるお話さ。

 僕がぺらぺら喋っても差し障りのないお話だよ。

 さぁ久しぶりのお出かけだ。

 始めての町中じゃないか、小さな事を気にしてはいけないよ。)


 ならば黙っていてくれ。


(えぇ〜いやだよぉ〜僕はもっとぉ〜お喋りしたいなぁ〜)


 今日はこれから医者だ。

 教会の雑事を終え、ニルダヌスの手が空いたのが昼過ぎだ。

 神のお勤めも夕べの祈りの時間までは無い。

 鐘つきも戻ってからで間に合うだろう。

 そして今日、クリシィに予定はない。

 そして私も準備万端に...なるまでひと悶着あった。

 そもそも私は似非ではあるが、巫女見習いである。

 外出には巫女装束が必須となるのだ。

 そしてこの巫女装束というのが、なかなか面倒な着付けが必要なのだ。

 けれど医者に行くのだから、面倒な着付けが必要では困る。

 そして湿気った外気で冷えても困る。

 そこでどうするかとなった。

 上物だけ巫女の装束で下は暖かな服装にしようとなる。

 着付けを手伝うビミンの提案だ。

 だが、ここでさらなる問題が。

 私物がなかったからだ。

 私の荷物は、教会で用意された装束に下着数枚と外套一枚。

 靴下や小間物も教会の支給品である。

 十分だ。

 けれど、それを知ったビミンが噴火した。

 質素倹約が行き過ぎて、病気になったらどうするの!

 この言葉に、まわりも過剰に反応した。

 まるで大きな失態を犯したように受け取ったのだ。

 クリシィも含めて皆獣人種だったのが原因である。

 私達みたいに頑丈じゃないんだから、駄目よ!

 誰なの、こんな薄着で病気の子供を東に寄こしたの!

 そしてビミンが焦って言葉を撤回するより先に、クリシィが項垂れるという事に。

 十分揃っているんだけどなぁ。

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