冬の狼

第6話 獣道

　話がついたのか、大男が私を呼んだ。

「小さいな、お前、大丈夫なのか？」

　男の声には不審があふれていた。

「食い扶持を稼ぐのに、いつも森に入ってる」

　何をもって大丈夫なのかは知らないが。

　領主も爺達も、私が森に入るのを止めない。

　それに若い男がいないのだから、私が爺達についてまわり、肉を狩るしかない。

　たとえ、女が不浄だとしてもだ。

　肉は貴重だ。

　家畜では補えない栄養と、収入源である。

「まぁいいや、ともかく西に向かって案内しろ。行き先は追々言う」

　私は黙って頷いた。

　名乗りもせず、目的も言わず、馬鹿にした話だ。

　爺の孫を村に戻すと、私は森に踏み出した。

　汚泥の道を促されて進む。

　頭目が私の後ろに。

　続く軍馬を引く小者。

　それに頭目と同じ臙脂の裏打ちの外套の男達が徒歩で続く。

　その後ろを従者達が騎馬を引いた。

　重い装備が仇となって歩みは遅い。

　そして不用意に煩い。

　心のなかでため息をつく。

　無論、ここまで武装した集団に挑む肉食獣は少ない。少ないが飢えた冬の獣がいないこともない。

　無駄に彼らが、もちろん獣が殺されてはたまらない。

　精々、喧しく歩くがいい。

　賢い獣なら姿を顕さないだろう。

　私は慎重に森に分け入りながら、いつものように耳を澄ました。

　大丈夫。

　獣の群れも近くにはいない。

「よう、もっと早く進めねぇのか？」

　唸るような問いに、集中を切られた。

　黙れと返したくなるが、堪える。

「人間だけなら、走ってもいい」

　私の答えに、男が口元の布を下げた。

　元々、頭巾に隠れて顔貌もわからない。

　それに男は埃除けの布を顔に巻いている。

　だが、口元は意外にも笑っていた。

「どういう意味だ？」

　私は立ち止まると、そのへんに転がっている石を拾った。

　目の前で石を左の方向へ投げる。

　左には、枯れた灌木が横たわる地面が見える。

　雨に打たれた剥き出しの地面に、石がのめり込む。

「何だ..」

　男の問いに答える前に、異音が灌木の周りから響く。

　灌木は、メリメリと音をたて軋みながら、土の中に沈んでいく。

　地面、のように見える沼だ。

　深さも広さもまちまちの泥の沼が、この森には点在している。

　馬で走れば、馬を潰す。

　人も呑まれたら難儀だ。

　雪が乗れば見分けもつかず、どうなる事やら。

　無言で歩き出す。

　口を開けて沼を見ていた男達も、頭を振りつつ歩き出した。