第497話 金柑 ⑥

「言ってなかったか?俺達の泥遊びに、巫女様も来るそうだ。」

「誰が決めた」

「補佐官以外にいるかい?」


 補佐官て誰だ?

 カーンの補佐官は、サーレルだ。

 だが、美人はカーンを振り見た。

 それに観念したか、当人が答える。


「今現在、この駐留軍に俺の席は無い。

 中央の意向でここに立ち寄ったが、一時的な話だ。

 そこでひねり出したのが補佐官だ。

 何の補佐かは知らんがな。」

「見かけによらず、苦労しているんですね旦那。

 で、フォックスドレドとは?」

「この城塞から北東の湿地だなぁ」


 ..なるほど。


 ヘラっと薄笑いを浮かべる相手を見る。

 この煮込みも旨いぞといいながら小鉢にとってくれるが、そうじゃない。

 ちょっと確認しないといけない事ができた。

 暫し食事の間、無言になる。

 あらかた肉を片付けた男に、何気なく問う。


「部屋で留守番で良いのですよね?」

「フォックスドレドは、泥の湿地だ。

 膝位までの泥と草の浮島がある。

 訓練にはちょうどいい場所だ。」

「そうですか、それで私は部屋で留守番ですよね」

「たまには俺も仕事をしないとな。装備は湿地用になる」

「..留守番じゃないんですね。会話をしてくださいよ、旦那」

「ふふっ、意地悪してんじゃねぇよ。

 飯の後に言うつもりだった。

 湿地帯の一部は公王直轄地だ。」


 金柑に据えていた目を上げる。

 私の興味を惹く事に成功した男は、水差しを引き寄せると杯に注いだ。

 ここで誰に聞かれても良い話を選んでいるのだろう。

 不意の話だが、それは致し方ないのかもしれない。


「フォックスドレドの湿地を作るのは、北東方向にある湖沼地帯だ。

 湿地を抜けて高地を北上するとオンタリオにでる。

 そのオンタリオは城塞と同じく直轄地になる。

 オンタリオという名称は、元々はフォックスドレドの湿地に流れ込む河川の名だ。」


 杯を私の前に置くと、カーンは一旦口を閉じた。


「いや、何で巫女様を連れて行くんですか。

 泥の行軍ですよ、それに冬でもあそこは蛇がうじゃうじゃいるんですよ」


 モルガナの呆れたという声音に、彼女の向かい側に座る男が肩を竦めた。


「そりゃ、今回は新兵が行くんだ。死んだら祈ってもらわにゃならんしな。」

「それはアンタの所の新兵でしょ。私のところは今のところお祈りはいらないわよ」

「そうでも無かろう?

 今、あそこで肉を取り合ってんのは、お前んとこのじゃねぇの?」


 一際楽しそうな集団が、食堂の隅で騒いでいた。

 どうやら特別な肉料理らしい。

 その一皿を巡っての殴り合いのようだ。

 面白いように人が吹っ飛んでいく。

 その割に頑丈なのか、誰も怪我した様子もなく楽しく騒いでいた。


「いい加減にしろ!貴様らぁ」


 オルトバルが怒鳴りながら、席を離れた。

 楽しそうだ。

 怒られながらも騒いでいる。

 彼女の粛正の鉄拳により、男達が更に吹き飛んでいく。

 私は目をそらした。

 そらした先には、カーザの無表情があった。


「獣人がすべて、あのような者共という訳では無い」


 という言葉を頂いた。

 私も神妙に頷いた。

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