第498話 金柑 ⑦

 だが、その直後にオルトバルが最後まで騒いでいた兵士を釣り上げると、盛大に頭突きをかました。

 もの凄い音だ。

 頭が真っ二つになったかと飛び上がる。

 見た限りオルトバルの美しい顔には傷ひとつ無く、怒りの表情のまま相手の兵士、重そうな男を振り回している。

 獣人の女性兵は、外見と中身が乖離しているようだ。

 男達は荒ぶるオルトバルに表情をなくしている。


「この糞餓鬼共がぁ、食事もおとなしく食えねぇのかっ、立てぃ整列!」


 オルトバルの怒声に空気が震えた。

 広い食堂のほぼ反対側だというのに、声がよく通る。

 直立不動の兵士を並べると、彼女は徐ろに鉄拳を振るった。


「見なくていい。ほら、食べろ。ありゃぁ気合を入れてるだけだ、気にするな」


 食べ終わった麺の器の代わりに、金柑が握らされる。

 その間にも、景気の良い音と共に、次々と男達が床に沈み、直後に再び立ち上がるとお礼を言う。

 すごい光景だ。


「やっぱり、連れて行くのを止めたほうがいいんじゃないですか?

 新兵訓練はすべてあんな調子ですよ。

 もう、野蛮人の印象で決定じゃないですか?」


 オルトバルを指さしながら、向かい側の席の男が笑う。

 それにカーザの眉が寄った。


「我々は理性的な行動もとれる集団だ。

 もちろん、全ての行動において規律を重んじ」


 真面目な口調の彼女の背後では、男達が食卓と椅子の配置を変え始めた。

 何をするんだろう?

 お仕置きは終わったようで、男達が又、生き生きと何か彼女に話しかけている。

 どうやら、肉がどうのと、原因の料理の説明をしているようだ。

 お仕置きされても仲良しのようだ。

 不思議。

 そして再び、男達がワーワー騒ぎ出した。

 腕相撲で肉料理の勝敗を決めるようだ。

 オルトバルが、場を仕切りだしている。

 楽しそうだ。

 彼女も楽しそうだ。

 殴り合いがまずかったのかな?

 あっ蹴りはいいのかな。

 何の肉なんだろう?


「カーン、勘弁してくれ」


 話の途中で、カーザが音を上げた。

 額に手を当て、俯いている。

 どうしたんだろう?


「りょ〜かいだ。ほら、剥いてやるから、ひとつ食え」


 私の握っていた金柑を取り上げると、皮を剥く。

 甘く爽やかな香りが広がった。

 潮風や陰鬱な景色を追いやるような、鮮やかな香気だ。

 素晴らしい。

 カーンが実を差し出す。

 ありがたく受け取り、口に含む。

 素晴らしい。

 酸っぱ甘い、そしてほろ苦い。

 残りをいそいそと受け取り、頬張る。

 皮を取り置いて、砂糖で加工するべきか?

 それとも乾燥させて匂い袋を作るべきか?

 鼻歌が出そうだ、落ち着け落ち着け。

 ゆっくりだべるんだ、ふふっ。

 煮詰めて瓶詰めにしたいなぁ。

 砂糖煮で焼菓子にかけても美味しいだろうなぁ。

 そうだ!

 ビミンに言って、焼き菓子に刻んだ皮を練り込んでもらおう。


「..これも食べなさい」


 何故か、カーザからも金柑を貰った。

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