第499話 金柑 ⑧
その夜、私の荷物がまとめられて部屋に届いた。
湿地は寒いとの事で、あの外套も一緒だ。
荷物を持って来たのは、サーレルである。
食事の後、仕事に戻ったのでカーンはいない。
かわりにと荷物を届けてくれた男は元気そうだ。
今では火傷も治ったのか、包帯もとれて皮膚の変色もない。
相変わらずの薄ら笑いで、私を覗き込む。
「何だか不思議ですねぇ。違和感が無いのが、違和感といいますか」
荷物と言っても私物が殆どないので、布地の肩掛け鞄ひとつで全てが収まっている。
ビミンが詰めてくれたのかな?
「私の同道は、いつ決まったのですか?」
「自分が聞いた限りでは、貴女を連れ帰った直後ですね。こちらこそ、何があったのです?
いま暫くは、巫女頭殿と行動するはずでしょう?」
問われても困る。
「旦那は何と?」
それにサーレルは寝室の閂付き扉を見て、肩を竦めた。
「知ってます?
ここって元は、幽閉部屋なんですよ。貴人のね」
「そんな情報はいらんのですが」
「カーンは気にもしてませんけど、この部屋割りをするような輩をどう思います?」
「どうも何も、それこそ私には関係がない話ですが」
「残念ながら、関係が無くもない。
アッシュガルトへの外出禁止令が出ます。
下を含めて東マレイラ全体が不穏な情勢になっているようです。
事前調査が杜撰だったようでしてね。
貴女の預け先の候補にあがるぐらいの治安状況だったのですが」
「巫女様方は下にいるのでしょう?大丈夫なんですか」
「モンデリーの者がいますから、巫女頭殿を心配する事はありませんよ。
ただ、城塞内の町も禁足になると、貴女はカーンと外にいる方が安全という事です」
それは不自然だ。
「あぁもう少しわかりやすく言いますね。
貴女が信用していいのは、カーンと我々だけです。
こんな部屋を賓客に提供するような無能な輩を信用してはならぬという事ですよ。
ひとつに軍は階級社会です。それは貴族の肩書の方ではない。
カーンは、ここの馬鹿どもよりも階級が上なんですよ。
そしてもう一つ付け加えると、カーンは爵位としても、この砦に詰めている馬鹿どもより上なのですよ。
信じたくない話は聞こえず、信じたいことだけを聞くような愚か者という事ですね。
どちらにしろ、本人が気にしないと言ったとしても、こんな部屋に入れるのは間違いであり自身のバカさ加減と低能具合を晒しているということです。
自由がきいていいなどと
敵だとしても情報収集目的に従卒のひとりもよこすなら見込みもあるのでしょうけどねぇ。
そんな低能な輩と一緒にいても碌な事にはなりません。」
一息に喋った顔を見上げる。
笑顔だが、不満と怒りがあるのだろうか?
「怒っていませんよ。私も早くこの場所から離れたいだけです。
疫病神の側にいても良いことはありませんからね。」
辛辣な言葉に絶句していると、サーレルは懐から薄い書物を取り出した。
「話はかわりますが、カーンから頼まれていた物です」
美しい装丁が貴重で高価な品だとわかる。
「読めますか?
古い綴文字の物ですが。
急ぎ探したのですが、今の公国文字の物が見つからなかったのです。
どうですか?」
『ニコル・エル・オルタスの肖像 著・ミカエル・ドミニコ』
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