第496話 金柑 ⑤

 美人だ。

 白銀の髪に大きなフサフサの耳、振り返って二度見するような美人だ。

 短い髪に素顔、長身で如何にもな兵士の姿だ。

 周りに挨拶しながら、食卓の長椅子を跨いで座り、さてと正面を向いてから気がついたようだ。

 実は彼女より先に来た軍団長は、私から見て左奥向かい側に座っている。

 軍団長付き当番従卒が食べ物を用意していた所に、私とカーンが座ったのだ。

 カーンは気軽に挨拶をし、私は目礼をした。

 彼女の方は片手の指をあげて答えた。

 タニア・カーザは暗い色の髪で目鼻立ちはくっきりとした女性だ。

 化粧をしていないが、頬骨の高いこちらは育ちの良さそうな雰囲気がある。

 その彼女が、私がいる事に何ら疑問を投げかけないので、他の者も何も聞けない状況だ。

 そしてカーンも言及しないし受け付けないという態度。

 気まずいのは私だけなのだろうか?

 金柑様があるからいいけど。

 そこにちょうど視界を遮るようにして、この白銀の髪の兵士が座ったのだ。


「否、違うよ。下の教会から預かっているだけさ。」


 カーンの代わりに、彼女の正面に座る男が答えた。

 大きい。

 カーンも大きいが、この男は首が短く、肩の筋肉が盛り上がっている。

 全体的な様子から、スヴェンやオービスに似ていると思う。

 たぶん、獣人の同じ系統なのかな。

 私が見ているのが分かったのか、彼は笑顔を返した。

 スヴェン達と同じく、尖った歯が光って威嚇しているみたいで怖い。

 けど彼らよりも若干、優しげな風貌をしている。

 失礼な感想を押し込めると、何とか私も頷いて返した。


「預かった、ですか。だん..閣下が?」


 カーンに気安く話しかけると、彼女は私をまじまじと見た。

 その手には食べかけの肉がある。

 ふわっとした大きな耳と相まって、乾物屋で見かけた猫と同じ表情に思えた。

 びっくりしたよ、お前、何でこんなところにいるの?

 という感じだ。

 食べにくい。

 麺を啜るのは礼儀に反するだろうか?


「何を見ている、モルガーナ?」

「巫女様をだめですよ、閣下。さすがに神罰が」

「何か言ってやれオリヴィア、このままだと婆さんと同じく罵られそうだ。こいつ、信徒だったわ面倒くせえ。俺は誘拐してねぇし、虐めてもいねぇよな?」

「はい」

「よし、金柑をもう一個やろう」

「なるほど賄賂ですね、閣下。」

「後利益あるかもしれねぇぞ、果物が好きだそうだ」

「あら、可愛い。

 改めてご挨拶させていただきます。

 モルゲン・オルトバルと申します。

 何かご不自由がございましたら、お申し付けください。」

「ご丁寧にご挨拶ありがとうございます。

 ヴィです。み」

「挨拶はいい。これは下からの預かり物だ。丁寧にな」


 巫女ではないと言おうとしたら、カーンに会話を切られた。

 喋っては駄目なようだ。

 そして相手のオルトバルも、それを察したのかニッコリと笑うにとどめた。

 美人の笑顔は眩しい。

 それに彼女は自分用の金柑を私にくれた。

 美人が女神になった。


「んで、フォックスドレドに連れて行くんだそうだ。」

「はぁ〜正気ですか?」


 何気なく向かい席の男が続けた。

 まさか私の事だろうか?

 私の疑問に同じか、モルガーナも形の良い眉を跳ね上げると向かい側の男を睨んだ。


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