第495話 金柑 ④
果物だ。
冬の果物は貴重だ。
そして私は、果物が好物だ。
手にとってニヤける。
が、見られている事に気がついて、無表情を取り繕った。
「好きなのか?」
「北の村では贅沢品です。
冬になると新鮮な野菜や果物も手に入りませんし、貯蔵した林檎を食べるのが楽しみでした。」
そして稼ぎの殆どを狩り道具や装備、備蓄食料に費やす。
樽詰めの林檎を買い込み、苔桃や木苺を集めては、貴重な砂糖や酒で漬け込む。
そうして備蓄し、山羊の乳に燻製肉、小麦粉の練り物で冬を越すのだ。
そんな中での果物は、種類を問わず私の唯一の楽しみだった。
爺達はそれを知っていたから、果物と名のつくものが村に入ってくると、すぐに私に知らせてくれた。
そう言えば、村の子供らも苔桃採りの時は、必ず私を誘ってくれていた。
私の果物への執念を感じ取っていたのかな。
何だろう、ちょっと今更自分の食い意地を反省する。
まぁ貯蔵庫に果物やら木の実を溜め込み悦に入る私。
それを村中が知っていたとしても、恥ずかしい訳じゃない。
他の家庭も長い冬の備蓄は重要だ。
私の場合、果物が多くなるというだけの話だ。
酒飲みの家は、酒の壺が大きくなるようなものである。
それに肉も魚も燻製にするが、炒った木の実と干した果物はおやつにもいい。
狩りの携帯食にも最高だ。
もちろん、みずみずしい果物はもっと最高だ!
と、口には出さずに、果実をちょっと捧げ持つ。
北では滅多に食べられない貴重品。
東の産物である。
考えてみれば、その東にいるのだ。
もっと金柑を手に入れられるかもしれない。
おぉ、これは盲点だ。
すっかり浮かれ上がる私に、カーンが微妙な表情をよこす。
「お前、そんな明るい顔なんてできたんだなぁ」
「素晴らしいですね、傷ひとつ無い金柑ですよ。黄金のようです!」
「そりゃ、よかったな。そうか..こんなので、そうか」
不憫だと言わんばかりに、カーンが頭を振る。
そうして数個の金柑をとって私によこす。
「えっ、いいんですか?」
「残りは部屋で食べろ」
遠慮は捨てた。
素晴らしいぞ、酸っぱい奴かな。
酸っぱいのも甘いのも好きだ。
苦味のある皮も好きだ。
教会に砂糖はあったろうか?
皮を煮詰めて食べても美味しいはず。
実はこのまま食べても、あぁ寒天が手に入れば、もっと美味しく食べられるかも。
持って帰りたい。
でも、いつ下に戻れるかわからないし。
どうしよう、嬉しいけど、困ったぞ。
「麺が伸びるから、ニヤニヤしてないで食べろ」
ニヤニヤとか失敬、じゃないな。
麺を食べよう。
金柑の加工と保存という楽しい計画は後だ。
砂糖か蜂蜜が手に入るかどうかも重要課題である。
よし、ご飯を食べちゃおう。
どうせ一般兵の間で食べても、ここで食べても場違いは同じだ。
会話を終了して、手早く食べよう。
カーンと二人だけなら会話もできるが、さすがに周りに人がいる状態で話す事も無い。
それに見た目よりも美味しい麺だ。
汁も野菜の風味がきいているし、肉も柔らかい。
味わって食べなくてはもったいない。
食べ終われば金柑様だ。
「何処から
まぁそうなるよね。
浮かれていた気持ちがストンと落ちて、冷静に戻った。
長い食卓の向かい側やその並びには、同じく食事をとる者達が座っている。
当然の言葉だが、敢えて何も聞かなかった者達の中で、驚いた表情の女性兵と目があった。
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