第349話 幕間 内緒話 ⑤

「そのとおりだよ。

 お前に頼むのは、お前の血筋と地位もある。

 公爵位持ちに異常あり、大公の血族は気がふれた。

 支援者は高位の者だろう。少なくとも貴族階級だ」

モルデン獣王家に話を通す事になるぞ。モーデン長命種的にはいいのかよ」

「俺が許す。精霊種の子供を害するような輩は神敵だ。」

「それ、イグナシオに言うなよ」

「言わなくても、そのうちに火種を勝手に掘り出すだろ。俺は知らん。」

「お前、何気に甘いんだよな」

「しょうがねぇだろ、俺は能力がある馬鹿って好きなんだよね。」


 ***


 祭司長には、神殿から炊事方が同行している。

 毒物で騒ぎになった土地だ。

 もとより毒殺などに備えて、彼の口に入る物は神殿からの持ち込みだ。

 質素倹約が信条だが、ジェレマイアに関しては贅沢品が供される。


「差し入れが多くてな、遠慮なく食べてくれよな」


 子供二人を前にしての、ジェレマイアは笑顔だ。

 喋れない子供と礼儀正しすぎて無言の少女を前に、だいぶ空回りしている。と、カーンは、ご相伴にあずかりながら思った。


「消化によさそうなのを取り分けるから、ゆっくりよく噛んで食えよ。食ってる間、これからの事を説明する。

 ちびっこは、アイヒベルガーの爺さんところで養生して、爺の脛を存分に齧ればいい。」

「旦那、もう少し表現をどうにかしてください。エリは子供ですよ」


 存外、臆せず言い返してくる。

 調子が戻ってきたようで、内心、カーンはホッとした。

 少女の体は本人には言わなかったが、死ぬほどの損傷だった。

 死なぬと言ったが、意識が戻らねば死者の列に加わっていた。

 あの時、地に横たえていたのは助からぬ者達だった。

 カーンは彼女の息が消えるのを側で覚悟していた。

 目覚めもがくのを目にして、やっと心の鈍い痛みが和らいだ。

 だから、ついつい過剰に手を貸してしまうが、それは仕方ない。

 それに傷は治ると言われているが、人は脆く簡単に死んでしまうものだ。


「爺さんがエリの爺さんになりたがってる。

 存分に甘えるといい。

 爺さん、子供に甘えられると嬉しいらしいぞ」


 そのカーンの言葉に、汁物から子供が顔をあげた。

 本当に?

 という感じで、カーンを見返してくる。


本気まじだ。

 それに今は損失ばかりが目立つが、神殿建立となれば、ここは景気が良くなる。

 この偉そうな神官のおっさんがな、景気を良くしてくれる。

 だから、ちびっこは爺さんが元気に仕事できるように、存分に脛を、じゃなくて甘えるといい。」

「失敬だな、俺はおっさんじゃねぇよ。そうするとお前もおっさんじゃねぇか」

「俺は男で、おっさんじゃねぇ。座り仕事ばっかりしてると、今に腹がでてむさ苦しいオヤジになるぞ」

「この美形で天才の俺に、スキはない。

 腹は出てないし、おっさんではない。」

「どうでもいい話のようです。エリ、ご飯の続きを食べましょう。何がいいですか?給仕の方にお願いしましょうね」


 と言う当人は、やはり腕が震えて匙をやっと握っている。

 介助したいところだが、助けすぎるのは駄目だと注意を受けた。

 診療所の看護師と本人に、だ。

 小憎らしいが、なんとも健気だとも思う。思うが、それを誉めたりすれば、逆に気持ち悪いと言われそうでカーンは口に出すのを控えた。

 さすがに小僧にしか見えずとも、少女に気持ち悪いと言われるのは、大人の女に言われるよりも打撃が大きい。


「それでだ。

 オリヴィア、お前は神殿預かりだが、あまり人目に晒して移動するのはよくない。

 そこで俺達で運ぶ事になった。」




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