第219話 花冠

 水路は終わり、私達はフリュデンを見下ろす高台に出た。

 城塞の東にある小高い丘で、小さな神殿のようだった。

 古い水の神をまつっていたのか、崩れた水神の像が残っている。

 風は冷たく、夜空には月も星もない。

 見下ろす街並みは、赤い霧に煙っていた。

 それらが薄ぼんやりと闇に浮かんでいる様は、水面みなもに浮かぶ小舟のように思えた。

 たどり着く場所を見失った、小さな舟。

 鐘はしばらく前に止んでいた。

 領主兵の捧げ持つ灯りが、街の中へと入っていく。

 街には反乱を目論もくろむ者は、残っているのだろうか?

 そもそもグーレゴーア・レイバンテールは、反乱の為に人を集めたのだろうか?


(葡萄の栽培と酒造の立て直しに、人を募ったのかもしれないよね。

 誤解が誤解を呼び、不和を招いたのは、疑心を育てる嘘の所為。

 と、君は、きっと善き人の心を信じたいんだね。

 彼らの結末が死だったとしても、本当は、真心や愛する心を持っていた。

 寂しさや孤独から、間違った道を歩んだのではと思っている。

 けれど、それは君の価値観だ。

 あの井戸から出てきたのは、そうした真心が届かない臆病な魂がついた嘘の結果だ。違うかい?)


 見下ろす先の兵列が思ったよりも長い。

 トゥーラアモンの方角から、後続の兵士がやってくるのも見えた。


「サーレルの旦那は、どこにいるかな」


 すっかり頭から抜け落ちていた。

 と、それにエリは頭を振り、水路を指差す。

 私はギョッとして、エリに聞いた。


「まだ、中にいるの?」


 頷きが返る。

 探しに行かねば。

 私が愕然とするのを見て、エリは首を傾げた。


 ドロボウ、シタ

 ナーベラト、オコッテル


「ナーヴェラト?」


(困った男だ。

 使う男も馬鹿だけど、従う男も馬鹿なんだね)


 水路の暗い通路を見返し、私は身震いをした。


 ***


 領兵は街に入った。

 その数は数百だろうか?

 遠目に松明たいまつと馬の姿も見えた。

 ライナルトの手引だろうか?


(補足をしよう。

 彼は、ライナルト・リドニア。

 次期トゥーラ・ド・アモン・アイヒベルガー侯爵だ。

 イエレミアスと同じ年で一応次男だ。

 彼は侯爵領の外で育った。

 グーレゴーア・レイバンテールの二人目の兄だね。

 彼の母親とイエレミアスの母親は姉妹だ。

 彼が自分が侯爵の子であると知ったのは、兄の死からだ。

 だから、彼は無実さ。

 あ、余計な話だった?でも、少しホッとしたでしょ)


 私達の知らぬ所で、侯と反逆者の攻防は続いているのだ。

 エリが頭上を指さした。

 円環の動きが止まった。

 赤い霧も消えた。


「終わったのか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る