第220話 花冠 ②

 エリが館の方を指さした。

 奥方だ。

 彼女は庭に出ると空を見上げた。

 まるで合わせるように、円が再び動き出す。

 ゆっくりと円環が動き出すと、今度は地面から靄が立ち昇る。

 ゆるゆると煙は輪に届くと吸い込まれていく。

 円環は点滅を繰り返し、霧を降らせていた時よりも、激しく瞬いた。

 すると、街中の兵士が倒れる。

 次々と倒れ、馬はいななき横倒しになった。

 何が起こるのかと見ていると、街の敷石が光り始めた。

 天では赤く、地にては白い光が瞬く。

 そして赤黒い輪がとまり、敷石も戻る。

 ただ、奥方の足元だけが、赤い光りを放ち始めた。

 一瞬、アレンカを包み、消えた。


(う〜ん、そうかぁ、あぁ、そうなるよねぇ)


 私の見たところ、何の変化もみうけられない。

 ただ、彼女は喜び、歓声をあげている。

 何かを得たのだ。


 館から、ライナルトが出てきた。

 ライナルトは奥方に何事かを話しかける。

 奥方は、それに何かを返す。

 ライナルトは背を向けた。

 影。

 ライナルトの影から、手が伸びる。

 ぬっと伸びた手は、彼を掴んで引きずり込んだ。

 ズルリと影に沈み、驚きの表情のまま、彼は消えた。

 手をたたいて嗤う女。

 何かを大声で叫び、我を忘れるほど嗤っている。

 だから、背後に迫る者に気が付かない。

 エリに見せたくない。


(見えてないさ、ほら、彼が隠しているよ)


 目の端に、揺れる青い髪。

 あぁ、そうか。

 腐れた体は、呪いに囚われて蠢いた。

 だが、エリの側に彼はいる。

 は、いるのだ。


(ほら、それよりも見てご覧よ。

 真っ逆さまに、魂が腐り落ちていくよ。

 きっとこの後、何がおきても、それは彼ら自身の定めなのさ)


 彼女の細い首に手がかかる。

 グーレゴーアだ。

 彼はアレンカの首を後ろから締めた。

 たぶん、彼は無言で妻をくびり殺そうと力を込めている。

 彼女は首の手に爪をたて、相手の拘束を剥がそうと藻掻もがいた。

 二人の足元が沈む。

 ライナルトを呑んだ影が、夫婦をゆっくりと沈めていく。

 影に引き摺りこまれながらも、彼は妻の首を締め続けた。

 遠くから眺める無言劇。

 陰惨すぎて現実味が無かった。


「終わらせるにはどうしたらいい?」


 エリは、抱えた玉を撫でながら首を傾げた。

 当然、皆、死んで滅びれば終わるのだろう。

 答えるまでもない。

 だが、それでこの子供は救われるのか?

 罪があるなら、その罪を償うだけの時間が欲しいと考えてはいけないのか?

 死者の怒りは当然だ。

 だが、それではエリはこれからどうやって生きていくんだ?

 故郷が終わり、この地が終わり、他に流れて生きていけば幸せになれるのか?

 無力な私。

 無力だとあきらめる私。

 嫌だ。

 あきらめるのは、嫌だ。


「うすっぺらい同情だと言われても良い。

 命を多く奪ってはいけないと思うんだ。」


(どうしてだい?)


「理を保つは、神の天秤と宮で聞いた。

 その天秤を動かすのは、命と願いだ。

 不殺を願っても無理だと言うなら、少しでも生かすべきだと私は思うんだ。

 理を守るとは、中庸である事。ちがうか?」


(理屈をちゃんと用意したね)

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