第221話 花冠 ③

 偉そうに意見を言うが、声は震えてしまう。

 空に浮かぶ歪な輪を見ながら、言葉を続けた。


「いがみあいを見たくない。

 誰かの不幸を見たくない。

 そう願ってはだめなのか?」


(逃げないのかい?

 君は結局、部外者だ)


「私は」


 ふと、美しい景色が見えた。


 嫡子だ。

 イエレミアスと亜人の少女。

 エリに似た、すこし年重の少女だ。

 二人の側には、幼い女の子。

 彼ら三人が、何か楽しそうに話していた。

 イエレミアスは、楽しそうに微笑み。

 少女は女の子を遊ばせていた。

 春の村、少し開けた場所にある畑。

 花が咲いている。

 エリが彼らの元へと走りよる。

 手にいっぱいの花を抱えて。

 その後ろから、不貞腐れたような表情の青い髪の男がついてくる。

 男の頭には、花冠が乗せられていた。


「エリ?」


 現実のエリが泣いている。

 幸せな時間。

 きっと他にも村人達や、いろんな人々の楽しい記憶があるのだ。

 そこには愛情があり、壊れてしまったが信頼できる場所があったのだ。

 皆で加わればよかったのに。

 グーレゴーアも奥方も、侯爵だってそうだ。


(約束は、皆、一緒にいること。

 呪いも、皆、一緒にいること。

 本当にほしかったのは?)


 ***


 頭上の呪いが形を変えた。

 一つ一つの紋様が、形を少しづつ変える。

 二重の楕円が組み代わり、一度ほぐれてから、再び輪になった。

 それは完全な円になり、捻れが等間隔に並ぶ。

 七つの捻れができあがり、前よりも複雑な呪術陣が組み上がる。

 それがゆっくりと地面へと降りてきた。

 フリュデンの街明かりは消え、倒れ伏した兵や馬の姿がおぼろに浮かぶ。

 そこに音もなく降りてくる。

 合わせるように、敷石、街の地面から黒々とした影が滲み出す。

 アレンカ達を呑んだ闇だ。

 影が広がると、地面に倒れ伏す人々が飲まれ消えていく。

 呪術陣も影に解け、すっと街から消えた。

 エリはそれを見届けると、水路の入り口へと引き返した。


「エリ、何処へ行くんだ。せっかく逃げ出せたんだ。

 馬を見つけてトゥーラアモンに」


 虚しい言葉だ。

 エリにとっては、逃げる必要がない。

 いつも一緒だったのだから。

 闇の中から腐れた姿があらわれる。

 すると再び、青い髪の男が重なった。

 ちょっと軽薄な口元を歪め、エリに手を差し伸べる。

 するとエリは、怒ったようにその手を叩いた。

 叩かれた男は、肩を竦める。

 長い年月、そうしたやりとりが幾度もあったのだろう。

 青い男が言った。


「誰も、死ぬなんて思わなかった。

 イエレミアスもこいつの姉も、村の皆を殺す結果になるとは思っていなかった。

 俺も欲をかいた。

 イエレミアスから、こいつの姉を奪いたかった。

 だから手引した。

 エリに恨まれるようなことばかりをした」

「何故?」


 死者はエリの耳を手で塞いだ。


「憎まれる者が必要だと思った。」

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