第522話 運命の糸車 ⑤

「ふつうの民は、知らない話、ですよね」


「知らんだろうなぁ。

 ただ、オルタスが千年の戦を続ける理由は知っているだろう?」


「領土争い、資源の取り合い、水場の奪い合いですね」


「そうだ。

 生きていく場所を確保するのが目的で、不毛に殺し合っている。

 実は南部獣人の方が、まだまだ北部人よりも真っ当なんだぜ」


「何となく言いたいことはわかります。

 暮らしにくい場所を開拓して、生きているってことですよね」


「豊かな場所から先住民を追い出し、戦をして食い物を奪うって考えは、北部人の発想だ。

 もちろん、最近の南部も、その北部人と同じことを同じ種族同士でやってるがな」


「南部のお話は、こっちではあまり聞きませんね」


「大荒れの時期が終わった後だ。

 今の南部は領土開発に回ってる。

 ここだけの話だが、南部離反を目指す暇なんざ無い。

 デマを流して、せいぜい都貴族をビビらせる材料にしているだけだ。」


「そういうお話は聞こえません。」


「神殿は把握済みのお約束って奴だ。

 聞こえないふりだけで知ってても大丈夫な話だ。

 さて、何の話だったかな。

 王都とは背後に越えられぬ山、東に渡れぬ荒野、南と西は砂漠という自然の囲いの中にある。

 その防壁の中にあり、攻めにくく、誰も欲さぬ土地にある。

 戦になっても、配慮のいらぬ戦いができるだろうな。

 その王都とマレイラの間にある荒野は、手入れせずに緩衝地帯にした。

 陸路が使えぬなら空と思うかもしれんが。

 低空航路便は、ミリュウ付近に飛ばせば侵略とみなされる。

 空に何かを飛ばした時点で、開戦だ。」 


「王都の北の山は、絶滅領域ともコルテスの山々とも繋がっているのですか?」


「繋がっている。

 だが、繋がっていても通れず越えられない。

 更に北進し、お前の故郷を進めば死ぬだろう。

 コルテス側も険しさでは同じぐらいだ。

 標高は人族の肺では耐えられない高さだ。

 息ができないって事だ。

 人族以外、南部人の俺たちも寒さでは死ぬ。

 それに山というが、絶壁と思ったほうがいい。

 ミリュウの北側も、山というより壁だ。

 神殿から見えなかったか?」


「女子棟は壁に囲まれていましたので」


「今は見晴らしがいいから見えるだろうな。

 外殻壁よりも上、空に見える青白い影が、その山々だ。

 その山々の峰は人類未踏と言って良い。

 まぁもの好き以外、そんな場所に出向く必要がない」


「少し地理がわかりにくいです」

 

「覚えておかなくてもいい話だ。

 まぁぼんやりとわかっていりゃぁいいんだよ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る