第697話 帰路にて ⑨
「第一位の王妃、人族大公家出身の宰相、元老院議員を多数殺害。
乱心ですね。
後宮で暮らしていた者の多くも死にました。
公王という職位であっても、人の則の中で生きている。
王だから許されるのか?
この国は専制ではありますが、道理や正しさを説く宗教国でもあります。
政治的な駆け引きによって敗者となった訳では無い。
敗者として死んだとしても、名は残るでしょう。
名を奪う。
まさに宗教国らしい報復、見せしめです。
名を奪うとは、神から与えられた許し、復活の機会を失うという意味ですからね。」
「軍部記録では、処刑ではないが。
復活の機会ってのは?」
「人は死して極星に還り、神の許しにより名を呼ばれ蘇る。
さすれば魂は昇天し、神の御座にて侍るを許される。
神聖教の祝詞ですね。
死後の魂の救済には、名前が重要です。
これを失えば、神の許しは得られず、死して安らぎを得る事ができません。」
「あ〜」
「貴族の嗜みですよ、神学を疎かにしてはなりません。
宗教的言い回しは貴族としては必要な能力です。
神聖教の入信が結婚後の私でさえ、この程度は引っ張り出せるのですから。
卿も、たまには神官の方から学ぶ事をおすすめしますよ。」
「はぁ、貴重な助言、感謝する。で、その男がどう関係するんだ?」
「さて、私は嘘つきです。
多くの当時を知る者は、皆、嘘つきです」
「なるほど、正直に嘘をつくのか?」
「私が知る死に様と、世間に知らしめた代替わりのお話。
軍部の記録、政治的な記述は、すべて違っているでしょう。
ですが名を失いし者、名無しは、罪人として葬り去られたのは事実です。」
「嘘つきの誠か、真実は闇の中って話かよ」
「さて話を戻しますが、先代の名無しは子供を欲しがりました。
実子を欲しがったのですが、彼は子宝に恵まれませんでした。
妻となった人とも、後宮に置かれた妾妃にも、子供は産まれませんでした。
そこで望みを持てそうな相手ならば、血筋を問わず召し上げる事にしました。
名無しの生前の偉業は罪により消えましたが、この後宮の規模拡大の話は、今だに庶民にも残る逸話ですね」
「馬鹿なのはわかった」
「直截ですが、そのとおりですね。
争いの元をせっせと作った訳です。」
「俺はよく知らんが、その話は年寄りなら知っているものなのか?」
「古い年代の、そうですね。
卿の祖父母様の年代で、王都詰めの方ならば、でしょうか。
地方や南部領地までになると、代替わりの混乱の内実を知る者は減るでしょう。」
「なぁ」
「はい何でしょう」
「なんとなく嫌な話の流れだな。俺は聞きたくない。」
「聞かせたくない、の間違いでしょう。ですが、何度も言いますが、年寄りならば知っている事なのです。
先代は、妻と妾、ふたりとも家柄も古い長命種族でした。
そこで後宮を拡大し、あらゆる種族の女性を集めました。」
「養子ですむ話だろう」
「妊娠した者もいました。
出産までこぎ着けた者もいました。
けれど、無事に誕生し育つ子供はいなかった。
どういう考えだったのかは、わかりません。
そして最後に、正妻とした女性が精霊種だったのです。」
「元の妻はどうした」
「さぁどうなったのでしょうか」
「濁す話ではないだろう」
「わからないのですよ。
先代の名無しの周りでは、人が直ぐに行方知れずになっていましたから」
「それは嘘の話の方か?」
「本当の話ですよ。
この精霊種の女性から産まれたのが、ランドール殿の妹になりますね。」
「混乱しそうだ」
「混合体の元となる人は、先代とランドールどのは同じ株という話です。
つまり名無しとランドール殿は、双子のような関係です。
妹として、迎え入れていますが、姪にあたります。
ランドール殿が、公式に妹としている方々は三人。
我が姫は、株が同じ混合体で、妹というのは間違いではない。
同じく同株の長命種族寄りとして誕生した妹がひとり、これも我が姫と同じですね。
そして便宜上妹として係累登録をしたのが、先代の唯一の実子である第三子」
「だが、それは」
「えぇ多分、卿もご存知の例の改竄ですね。」
「アレか?」
「ふふっ、その御子の母君はご存知ですか?」
「いや」
「その母君の種族は」
「嘘も大概にしろ、アレは長命種だ」
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