第100話 幕間 精霊の娘 ②
この入れ墨は何だ?
手で触れると、本来の入れ墨のような体温の違いは無い。
化粧のように、綺麗な線が描かれている。
蔓薔薇のような蔦模様。
小さな顔を囲み、絵付けされた陶器のようだ。
だが、辺境の蛮族ならいざしらず、若い娘の、少女の顔にあるのだ。
ここまで考えて、己が馬鹿である事を再認識する。
カーンは頭を振った。
頭の中がごちゃごちゃするのは、あの化け物が何かしたからなのか?
いや、己の頭が悪いだけだ。
事は美醜の問題ではない。
これが体に何をもたらすかだ。
この奇っ怪な場所で、あの狂人らしき何かの手にあったモノが元だ。
意味不明の上に、どう考えても良くない。
祭司長の元へ連れて行くべきだろう。
もし、自分も出られたらの話だが。
もし出られぬのなら、神殿へ行くように言い含めなければならぬ。
カーンは、広場から少しでも離れようと歩を踏み出す。
あの門を探すのだ。
そうして辺りを探りながら歩く。
静寂の中、無駄な思考が回りだすが、警戒を怠らぬようにと神経を尖らせる。
だが、この場所にいると頭の中に靄がかかる。
そうすると次第に考えが空転し始めた。
カーンは、ボルネフェルトの言葉から拾った意味を考える。
森の民。
森の周辺を住みかにする住民ではない。
その意味を拾おうとすると、さらに散漫になって考えがまとまらない。
同じような作りの石の街を流離いながら、カーンは頻りに頭を振った。
森の民。
叔父と遠征に行った時に、聞いた覚えがある。
本当の親類縁者と顔合わせしたすぐの頃だ。
密林の中で、腰まで泥につかった行軍中だった。
森の民、森の子?だったか。
案内を頼んだ、肌の黒い者をそう呼んでいた。
ほっそりとした容姿で泥水も難なく歩く。
真っ黒い瞳をした彼は、森の神と契約していると自慢げに話す。
だから、森の道はすべて知っているし、獣は彼らを恐れる。
森の子、いや、精霊だ。
草臥れ果てた泥の行軍に、暇つぶしの会話。
確か、本物の精霊の見分け方を講釈していた。
つまり、あの案内人は精霊ではない。
単に、森の精霊と同じぐらいに腕が良い案内人と言う事だ。
精霊は美しい髪と目の色をしている。
その姿は美しく、歌や踊りも素晴らしい。
お伽噺やほら話のお約束だ。
彼らは時として、人を惑わせ人を欺く。
そして気まぐれに、人を救うのだ。
精霊に気に入られれば、幸運が訪れ、怒りをかえば不運に見舞われる。
まして精霊を殺せば、ありとあらゆる天罰が下る。
さしずめ娘に刃を突き立てた自分は、天雷によって黒焦げだ。
と、カーンは自嘲した。
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