第570話 人の業

 注)物語中のカルマは善悪両方、人の意思ある行いであり悪行のみを指してはいません。


 ***


 建物を叩く雨の音。

 犬の遠吠え。

 薪が爆ぜ火が燃える音。

 寒さに息が震え。

 遠くで風が吹く。

 湖面の漣にも雨が穿ち、寂しく寒々しい景色であろう。


 目の前の男達は、どこか滑稽で憐れに思えた。

 どうしてだろう?


「己を甘やかす嘘ばかりだからさ」


 片肘をつき、顎に手を添えていた男があくび混じりに呟いた。


「こういう手合の話は、嘘が半分以上だ。

 おまけに、自分では正直に話してると思ってんだぜ。

 自分は真っ当で割りを食ってる可哀想な奴だってな。

 だから結局は黙っていられねぇ」


 それから外套の隙間から覗く私に、ニヤッと笑ってみせた。


「さぁいろいろ話し始めるぜ。

 三下はな、お喋りなもんだ。

 たかる相手に追従しようと、いいような話を始めるぞ」


 私はカーンの外套の合わせ目から、彼らを眺める。

 それが嘘であろうと演技であろうと、やはりどこか憐れと感じながら。


 コルテスの領主街。

 どんなところなのだろう?

 私は瞼を閉じる。

 語る彼らの言葉は震え、まるで笑っているようだ。

 人の泣く姿は、笑っている姿に似ている。

 私も泣くと、笑っているように見えるのかな。


 ***


 コルテス公は金持ちだ。

 今更言うまでもない。

 だが、今代の公爵家には不幸が続いていた。

 公主の死は勿論の事。

 本家筋の者も幾人かが亡くなり、所有する交易船も沈没した。

 領地全てに影が射す。

 そこで公爵は、同氏族に事業を権利分配し損害を分散、損失の軽減を測った。

 つまり公爵の権利を縮小し氏族全体の協力の元、生き残りにかけたのだ。

 そうした後、公爵本人は本拠地の内地奥にて全体の財政管理と資産運用をしながら隠遁に近い暮らしに入った。

 だが、暫くすると公爵本人の音沙汰が消える。

 何かがあったのか無かったのか。

 枝葉の氏族が乱れたという話は聞こえてこない。

 ただ、緩やかにコルテスは傾いていった。

 陽が陰るように不景気になり、人の心も乱れた。

 商売は活気を無くし、働く者は意欲をなくす。

 原因は何か?

 公爵本人のお人柄が変わったのか?

 内紛があったのか?

 巷に漏れ聞こえる事から推測できる具体的な原因は無い。

 ただ、庶民の暮らしに影響のある不幸な出来事はあった。

 貿易船の沈没が相次ぎ、交易収入が減少した。

 腐土領域により南部からの加工鉱石の原料輸送が割高になった。

 鉱山で大規模な崩落事故が起き、多数の死傷者を出した。

 この崩落事故により、鉱山採掘は無期限停止。

 これはコルテスの採掘が停止する話ではない。

 コルテスから技術提供をされた全ての採掘現場も停止するという事だ。

 仕事にあぶれた男達が、どこの街にも溢れていた。


「俺達は同じ鉱山の、同じ作業の組だった。

 採掘が再開されるまで収入が無い。

 末端の炭鉱夫にとって、無期限の採掘停止は死ねという事だ。

 産まれた時から、慣れ親しんだ仕事だ。

 それを無くせば、どうしていいか俺達はわからなかった。」

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