第569話 陽が暮れる前に ⑥

 投げ返された言葉にも、彼らは口を閉じている。

 皆、誰かが口火を切るのを待っているようだった。


「まぁ雨が止むまで時間はあるだろうさ。

 こっちも雨の中を出ていって濡れるのも面倒だしな。

 それにお前達の主人も戻ってくるかもしれねぇし」

「戻ってなんか来るかよ」


 トリッシュのわざとらしい仲裁に、男のひとりが異を唱えた。

 男は、目を忙しなく動かしている。

 何を見ている?


「最初の奴らも、戻ってこなかった」


 正面奥の大階段。


「おい、黙ってろよ」


 入ってきた出入り口。


「皆、聞いてたじゃねぇか、部屋から出たら」


 左手側の部屋の扉。


「止せよ」

「凄い声が」

「黙れよっ」

「最後は」

「黙れ!」

「止めてくれっ、聞きたくねぇ」

「嫌だ、来る」

「黙れだまってくれ」


 言い出した男は歯を食いしばり泣き出した。

 他の男達は小動物のように、ガタガタと震えている。


「安い芝居だね」


 そんな彼らを、ミアは鼻で笑った。


「それで、こいつらを見捨ててお前達は無事ですむのかい?

 コルテスから金だけせしめて逃げるのかい?

 何を恐れているのか知らないが、せめて医者でも呼んだらどうだい。

 アタシ達がせっかく運び込んでやったのに、このままだと死ぬだろうね」


 狼狽える男達に、ミアは重ねて問いかけた。


「何か起きた時、何処に連絡をとるんだ。助けを呼ぶような時だ」


「助けなんて来ない」


 自棄になったような言葉が返る。


「いっくら元気だろうと病気や怪我にはなるだろう。」


「この植物は」


「知らん、で?連絡先だ、何処につなぎをつけるんだい」


「助けは、来ないんだよ」


「話を聞いてるのかい、医者を呼ぶ時は」


「聞いてる、聞いてるさ。

 俺達を雇ったのが、医者だ」


「医者だと?」


「コルテス家の医者だと言っていたんだよ。

 冬の間、館を改装するって、人を集めていたんだ。

 だから、俺達は、金に困ってる奴らは皆、その話に飛びついた。

 あぁ、馬鹿だったんだよぉぉ、あぁ、あぁ、皆、逃げた」


「逃げ出して、お前達だけが取り残されたのか?」


「ち、ちがう」


「割の合わない汚れ仕事だったのかい?

 この辺りの女をかき集めて殺したのかい?

 悪事に恐れをなして逃げたのかい?」


「女?女なんて知らん、俺達は」


「元はどれほどいたんだ?」


「知らねぇよ」


「都合が悪い事は、忘れるのかい?」


「俺達は、何もしてねぇ。

 逃げ出したかった。でも、無理だった。

 なぁ、森を抜けるにしても、早くしねぇと夜が」


「陽が沈んだから何だ?

 アタシ達が、野良犬ごときに後れを取ると」


 ミアを見て、答えていた男が息を漏らした。

 そして笑うかのように体を揺らし、何度も唾を飲み込むと言った。


「犬、じゃねぇ」

「止せ、聞かれる」

「あいつ等が、来る」

「黙らせろ、死にたくねぇ」

「誰に殺られるって?」


 再び黙る男達。


「乾いた残骸か、薪はあるかい?

 ここは外も同じだ、焚き火をしようか。

 さて、ちょっとばかり温まったら、はじめからだ。

 お前達が雇われたところからだ。

 ほら、とっとと動きな。

 早くしないと陽が沈むぞ。」


 男達は観念したように項垂れ、石塊の残骸となっていた敷石に薪を積む。

 カーンは中央の階段の中程に座った。

 隙間風がここは緩み、少し息がつける。

 そうして雨を避け、薪や木切れを積み上げ火を放つ。


 陽が暮れる前に?


 では、陽が隠れたら、何が出てくる?

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