第394話 沈没船 ③

 街並みは美しく、港街の雑然とした雰囲気よりも観光名所のようだ。

 建物は煉瓦造りで、見るからに裕福。

 下水などの様子は、ここが王都から離れた場所だとはとても思えない。

 豊かな街並み。

 整った景色。

 本来ならば、明るく冴えわたる景色だろう。

 なのに雨の為か、濁って見える。

 その陰鬱な雰囲気に、海が見えても気持ちが塞いだ。

 いや、海が見えると、頭が曇るような感じになったのか。

 始めて目にする大海の印象としては、残念に感じた。

 港街としての賑わいを期待していた私には、首を傾げるほどに、侘びしく寂しいものだった。

 たぶん、作りが立派で華やかな建物が街を埋めていたのもある。

 それに対してまわりを囲む自然の景色が暗いのだ。

 ただ人は多く行き交い、馬車も通りと繁華街の店も営業している。

 何処にも気鬱に曇るようなものはない。

 夜でもないのに闇が降りているように見えるのは雨の所為だ。

 時折見かける人影が俯いているのも、雨の所為。

 見える窓には鉢植えが置かれ、枯れた何かが目につく。

 陰った窓は黒く、空も黒く、海は鉛色だ。

 そこまで見て取り、自嘲する。

 遠くへ来たことが、厭だった?

 故郷から離れ、遠くに来たことが悲しい?

 粗を探すような行いは、卑しいぞ。

 怖いのか?

 怖いと認めるのが嫌なのか?

 故郷だとて長い冬と枯れた景色の場所ではないか。

 例え、その景色を愛していたとして、この地を悪く見る必要はない。

 臆病だ。

 臆病者はつけこまれるぞ。

 また、誰かの人生を曲げてしまうぞ。

 弱虫め、何事も良き部分に目をむけろ。

 人は何処かで己の口から出た言葉を己に刷り込むのだ。

 ならば、善きことを芯に据えるのだ。

 さぁ、見たこともない景色を見る事ができた。

 これは良いことではないか?

 森や林、渓谷や荒れ地、草原も見た。

 華やかな王都も見ただろう?

 まぁオーダロンの水晶門は見れなかったけど。

 次はオルタスの東への道、こうして海にまでやってきた。

 生きている今、目にした物を心に残そう。

 きっとここも冬以外なら、楽しげな場所なのだ。

 異国情緒に溢れ、軒先の白い貝殻の飾りが揺れる。

 貝殻など、物の本で知っているだけだ。

 それが可愛らしくも飾りとして揺れている。

 あぁ浜辺で手に入れられるといいな。

 と、思う。

 思う自分に安堵する。

 安堵。

 何かおかしな事、不自然な事が無いかと探すのは怖いから。

 大丈夫、怖い事はない。

 誰かが失われる訳ではない。

 怖いのは、誰かを傷つけてしまう事。

 それだけだ。


 ***


 商店街や街の役所らしき場所を抜け、繁華街の通りから外れると、港を見下ろすように上り坂が続く。

 曲がりくねる道は広い。

 先にある、巨大な城塞の外壁が空を覆うように聳えて見えた。

 港街を振り返ると、繁華街はたいそう大きく家々が犇めいている。

 だが本来の住民、漁に携わる人々の家は、その繁華街の外れに見えた。

 何とも奇妙な場所に来た。

 そんな不思議な気持ちになった。

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