第714話 人の顔 ④

 私としては、断りを入れてきた事に驚く。

 いろいろと治療するのに血液を採るのだ、そのついでに多少分析されようとわからない。

 別段出し惜しみするほどのものではないし、何か大きな怪我などした時に医者が体質を把握していると思えば、別に何ら問題はない。

 と、言うような意味を筆談で伝えた。

 そう、城塞に入ってから筆談になったのだ。

 因みに、エンリケが来るとビミンは逃げる。

 酷いことをされた訳では無いが、何も無い訳でもないらしい。

 何度目かの逃げ出す姿に、エンリケは彼女が見えなくなってから、態とらしいため息を吐いた。


「手を上げたりしてはいないぞ。

 女子供に暴力をふるうような屑と一緒にされたらかなわん。」


 心当たりはないと?


「無くは無い。が、お前には関係のない話だ。

 その顔は何だ?

 フン、若い娘に無体を働きそうに見えるか?」

 

 と、最初の筆談相手からお叱りである。


「自分は医者という肩書がある。

 肩書に過ぎぬが、この肩書を裏切るような行いをすれば、治療にも信頼は無くなる。

 故に、自分は倫理にもとる行いはしない。

 患者の処置にて必要な事以外に、同意なき行いも当然しない。

 真っ当な相手に無体を強いるような卑劣漢ではない。

 まぁ自分の面付きと態度では、そう思われるのもわかるがな。

 あの娘が誰の子であろうと、真っ当な者ならば粗略にはせぬし、我らの役目に反する行いをするなら当然罰する。

 我らが蛮人のように振る舞うのは、相手に合わせての事だ。

 きちんと向き合える者には、それ相応に相対する。

 言っておくが、今回の血液採取も極端に人種差があった場合を考えての事でもある。

 もちろん、研究の為でもあるがな。

 外で待っているバーレイの孫には、お前自身の事は伝えるなよ。」


 もちろん、クリシィ様とカーン達理由を知る人たち以外は知らない。

 そういえば誰がどこまで私の種族の事を知っているのだろうか?

 公爵は私を精霊種とわかっている。


「カーンと我々、そして子飼いの連中は一応把握している。

 ただし、

 我々は知っているが、だ。

 そしてコルテス公にも公言はしないように伝えている。

 ただ、向こうの方が事情は分かっているようだ。誰も喋らん。」


 ***


 私の喉を診察したのは、師団の医者だった。

 エンリケは医者や薬師というより、研究を主にする者らしい。

 南部でも相当の高等教育を受けているという話だ。

 見かけは破落戸なのに。

 と、実に失礼な事を思う。

 彼は見た目、筋肉質の如何にもな獣人であるし、南部人らしい入れ墨が顔にもある。

 しかし、大陸人としては見目も華やかな、そう公爵も美しい造形だが、それとも共通する良い容姿をしていた。

 容姿の良い男というのは、総じて碌でもない輩が多い。

 これは偏見だけではないと思っている。

 それだけの権力があるという証拠なのだ。

 容姿、血統その他も引き継がれている訳だ。

 そして誠に失礼な話だが、荒くれ者で通している輩で顔が良い。とは、非常に素行が悪そうに見えるのだ。これが普通の民の正直な感想である。

 実はカーンの配下では強面の人の方が、ちょっと安心する。

 エンリケの容姿は非常に警戒心をだかせるのだ。

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