第715話 人の顔 ⑤

「私、苦手。

 自分の顔が良いって自覚してる奴って、傲慢そうでやだ。

 それに怖いし。」


 と、エンリケが去り、医務官の診察になると側に戻ってきたビミンの言である。

 彼女も実に失礼だが、おおよそこれが普通の反応なのだ。


「お嬢ちゃん方よ、そりゃぁワシの面がマズイって言いたいのかい?

 まぁ上級士官殿は、色男だがよ。

 砂糖水に集まる蟻みたいに女どもが騒ぐが、一番モテてるのは別だぜ」

「ちょっと、なに子供に言ってるんですか、先生」

「じゃぁ聞くがよ、団長のところので一番、女どもが結婚してぇのは誰だよ」

「呆れてますよ、ほら、あーんしてね。

 ついでに、貴女もあーんして、これ蜂蜜の飴ね。ほら、美味しいでしょ?」

「私もいいんですか?」

「ほら、疲れた顔して、ご飯も食べてないでしょう?」

「..ありがとうござい、まふ」

「俺が言うのも何だがよ、獣人の女にゃぁ男の顔の良し悪しは関係ねぇんだよ。

 どんだけ女房子供を食わせられるかってのが判断基準でな、団長のところで言えば、ローゼンクラムの若旦那が一番のモテ筋だ」

「いい加減にしてくださいよ、先生。

 お薬の代わりに、この飴を少しづつ食べるようにしてね。

 他にも虫下しとか色々でてるから、喉のお薬は飴だけよ」

「ローゼンクラムの若旦那って誰です?」

「あぁ知らねぇか、ほら、獅子頭のでっかい御人がいるだろう?

 重量でもいちばんでっかい旦那だよ。」

「オービス殿ですよ。お優しい方でしょう?」

「ほら、このとおりだ。

 ブランド上級士官の面で騒ぐのは人族の女ぐらいさ。」

「何がいいたいかっていうとね、先生も自分はもてるんだぞって話よ。

 さぁくだらない話はここまででいいでしょう。

 外でまってるおバカちゃんも鳴きっぱなしだし、はい、診察は終わりですよ。」

「気道が少し裂けてはいるが、出血は止まっている。

 だが、当分は喉の調子を見ながらで無理に喋るんじゃないぞ。」


 因みに外で待っているおバカちゃんとは、テトの事だ。

 医療施設に入ろうとして、強面の女性医務官につまみ出されていた。


「蓮華の香りの蜂蜜飴ね。美味しい」


 飴を転がすビミンに抱えられると、おバカちゃんの鳴き声はピタリと止んだ。

 強面の医務官の女性につまみ出された時は、抵抗はしなかったものの、ここまで気分が良いという表情はしていない。

 カーンが見れば、この女好きめ!と、釣り上げられているところだ。


 衛生兵に案内されて、城塞内をすすむ。

 どの通路も薄暗い。

 緩やかな傾斜は通路が上に向かっているのを示している。

 灯りとりの小窓や通気孔からは、群青色の空が見えた。

 もう、夜のようだった。

 途中、ビミンは宿泊施設へ。

 テトも一緒に向かわせる。

 一人と一匹は離れるのを嫌がった。

 ごねてごねて、案内の衛生兵のお姉さんに諌められて、渋々途中でわかれた。

 ニャーニャー騒ぐテトを慰めるビミンの声が暫く聞こえた。


「猫ちゃん、あなた大きいけど子供なの?」

(ちがうしぃ赤ちゃんじゃないしぃ〜)

「可愛いけど、抱っこするのちょっと大変」

(だっこあんがとぅ〜)

「可愛いなぁ」

(でしょ〜でしょ〜)

「私も猫飼いたいなぁ」

(ぼくっちのぉちからでぇ〜おまもりおまもりぃ〜ともだちできるじょ)

「何、お腹すいてるの?後で何かもらいましょうね」

(わ〜い、じゃなくてぇおまじないぃ〜おともだちぃ〜いっぱいねぇ)


 何か不穏な感じもしたが、猫に好かれるおまじないらしいから、まぁいいか。

 なんだか、少し心が安らいだ。

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