第716話 人の顔 ⑥

 それから蟻の巣穴のような通路を通り抜け、見覚えのある場所に出る。

 カーザの部屋だ。

 兵士の立つ扉の前で、私は困惑する。

 中に通されると、見慣れた顔が並んでいた。


 バットルーガンは部屋の右手奥、席に着いているカーザの隣に立っている。

 左手の長椅子には手当を受けたニルダヌス。

 その隣にはモルダレオが立ち、対面には、バットから少し離れた場所に公爵が座っていた。

 カーンは私を招き入れると、扉の前に立つ。

 私は扉の側に小さな椅子に座るように言われた。

 カーザの仕事机とは別に、中央には円卓が持ち込まれており、一応皆、それを囲むような形だ。

 そしてカーンは出入り口を塞いでいるように見える。

 何が話されるにしても、カーンがそこにいる限り、誰も外には出られない。


 正直なところ、私がここにいる意味はあるのだろうか?


 私の心の声が聞こえたのか、カーンがチラリと視線をよこす。

 カーザが着席を促すと、カーンとモルダレオ、そしてバットが腰を下ろした。


「さて、コルテス公を交えて、今一度、現状を確認しようと思う。

 公においては、ひとまず我々の立場をお知らせしようと思う。

 宜しいだろうか?」


 それに公爵は頷き、片手を軽く上げた。


「現在、東公領において変異体なる者による暴力事件が多発。

 当初、我々が公式に確認したのは、アッシュガルトにて起きた領兵による民間人の殺害事件だ。

 この3日後、三公領主館へ続く街道にて、同様の暴力事件が発生。

 三公領主街の住人が多数死傷。

 これに東公領の兵士、記錄では内地の領主兵ではない東マレイラの八貴族の統合軍兵士が派遣される。

 不幸にも我々獣人種による殺戮行為と誤認。

 この時点では変異体なる者達による蛮行という考えはでていない。

 三公爵配下の八貴族衆による獣人種への糾弾が城塞常駐の中央軍へと届けられる。

 これにより東公領からの正式な直接抗議となる。

 運悪く、中央高官が直訴文を受け取り、これが中央政府へと届けられ今回の東マレイラ騒動となった。

 幸いにも今のところ政治的動揺は落ち着きを見せている。

 原因の変異体は獣人種に未発生。

 統合軍兵士に変異体の出現が起き、また、変異体を解剖その他医学的調査の結果、これが獣人種によるものではなく、人族の災禍と証明されたからだ。

 王国中央は、発生原因の特定を第一に考えている。

 それにより問題の対処方法が変わるからだ。

 現状は、ボフダン公との接触は成功。

 彼の地にては変異体の出現は認められず、王国中央の判断に任せるとの意思を確認。

 シェルバン公との接触は失敗、彼の地との交渉は今のところ途絶。

 現在は使者等を送る事も止めている。

 大規模な派兵なども検討中だが、コルテス公の御帰還となりまずは、コルテス領地の把握に務める事となる。

 コルテス公爵の寛大なお心により、我々はコルテスの地になんら憂慮を持つことはないだろう。」


 と、無表情に長々と話した彼女に対し、公爵は軽く頷き返した。


「さて、自分は先程から変異体と普通に言葉にしたが、現状わかっている事柄を明らかにしよう。

 メルロス上級士官、説明をお願いする。」


 モルダレオは手元の紙を手に取り話し始めた。


「結論から。

 変異体とは、改変した寄生虫による病体の意です。」


 カーザは人差し指を上げると口を挟んだ。


「推論であり、これは最終判断ではない。

 改変とは、王国法で重罪にあたる。

 関わる者全てが粛清の対象となる。

 では、改変とした理由を述べてもらおう。」


「これが人為的なものであるのか、自然発生的なものであるのか。

 判断が必要であると考えました。」


「必要とは?」


「東マレイラ人族浄化をするか否かの判断材料として必須。と、いう意味です」

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