第713話 人の顔 ③
エンリケとモルダレオの二人は、南部独特の宗教を信仰している。
過去、宗教統一が行われたとしても、土地を拠り所とする文化を消し去ることは不可能なのだ。
小集団の信仰宗教をいちいち押し潰す意味が無いのもある。
実は、表向きの一神教である神聖教も、主神を彼らの神と同一であると認めれば、分派の扱いをする。
お互いにある程度譲歩できれば、宗教統一時の過激な闘争とまでは発展しないのだ。
ある意味オルタスの宗教とは、元が同じ兄弟なのもある。
解釈の違い。
と、いうのが今の宗教学者達の主だった見解である。
まぁ当たり前でもある。
新興した物以外は、オルタスという同一大陸の民族文化である。
紐づけすることは容易で、そこを整理し経典編纂など体系づけたのも宗教統一なのである。
別に異端を選別し火刑磔刑を祭りのごとく執り行った訳では無い、多分。
多分というのは、公爵に聞かされた話を考慮すると、政治的闘争もあったはずで、私の知らない事は過去に多々ありそうだった。
沈黙するグリモアに問えば、簡単に答えが返りそうなので、この話題は終わりにする。
そのエンリケの信仰とは、彼の部族に伝わる精霊を崇める教え、神聖教でいう知を与えた者を崇める。
分派と解釈でき無いこともない為、特に改宗は求められていない。
もちろん精霊種族を崇める信仰ではない。
万物に宿る魂を神とする信仰だ。
ただ同じく精霊と名乗る種に関して、エンリケとしても興味があるそうだ。
古く精霊の名をを冠するとは、信仰の発生がこじつけではなく共通部分があるはずだと。
何の話か?
血液濾過の為の種族確認時に、この精霊信仰の話題になったのだ。
そもそも私にその自覚がない、知らないという問題がある。
如何に私が何の種族だと言われても、孤児に親からの知識伝達など無いのだ。
エンリケにしても初めて遭遇する種族だ。希少種としては知っている程度。
そして信仰的には非常に興味深いそうだ。
診察をし血を濾過する処置をしながら語られたところによればだ。
精霊種とは、精霊そのものではなく、その万物に宿る魂と語る者と解釈できるという。
確かに、と思う私。
呪術と深く結びついていたとしたならば、それもあるだろう。
彼らの氏族が生き残っていれば、精霊種そのものにも詳しい者がいたはずだ。
だが、残念ながら彼の故郷は滅びてしまった。
同じ氏族は軍属に残っていた者だけである。
氏族の宗教家も書物も、それを伝えられる手段はすべて灰になってしまったそうだ。
残るのは氏族長の家系であるモルダレオの記憶のみである。
次期族長だったモルダレオ。
彼は宗教家ではないが、記憶に残る物は今現在余暇を使って書物として残す作業をしているそうだ。
口髭の恐ろしげな男を思い出しながら、確かに口数が少なく物静かなモルダレオには似合っているとも思う。
族長で祭祀を執り行う者。
ふと、コルテス公爵を思い出す。
多くの命を率いる者、支配者であろう人は、どこか恐ろしく見えた。
きっと責任や義務、長い歴史を背負い、正しい道筋を示す羅針盤のような、強い姿が求められる。
難儀で苦しい事だ。
だが、こんな考えもカーンに無駄だと言われるだろう。
支配を苦しみと考えるような者が、その場所に座りはしないのだ。
考えがそれた。
モルダレオが記憶から色々と部族の歴史や、宗教儀礼を記錄に残すとして、やはり、私という種族にエンリケは多少なりとも興味がある。
この濾過治療で採取できる血液を少量、研究に回したいと言われた。
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