第712話 人の顔 ②

 エンリケは、皆の唾液を採取すると、何かの液体と混ぜ合わせる。

 彼が言うには、感染状態がわかるそうだ。

 変異体という感染症で、体内の消化器から血液中に入り込んだ寄生虫が媒介するそうだ。


 体内の虫が活動期になると、内分泌に変化が見られるらしい。

 と、私ではなく、誰か、多分、ボルネフェルト公爵の知識が色々と囁く。

 今のところ獣人の体内に寄生虫の感染は見つかっていない。

 地上で最も濾過臓器が優れている彼らに感染が見られるならば、それはオルタスの人類の終わりを意味する。

 最強種が感染する病があるならば浄化だ。

 過去の南部領地浄化がそれである。

 幸いにも今回の感染症の事例に、今のところ獣人種は含まれていない。

 因みに、私は若干の寄生虫が見つかったが、異常な変異種は見つからなかったそうだ。


 簡易検査の後に、私達は城塞へと入った。

 念の為、私は城塞医のところで血液の濾過というものを受けている。

 時間をかけて体内の血液から寄生虫を取り除くそうだ。

 そしてこのマレイラ滞在中は、毎日、虫下しを飲むようにと言い渡される。

 心に少し打撃が入る。

 これでも女の部類である。

 虫下しで毎日出せ。と、言われて嬉しいわけもない。

 凹む私に、ビミンが手を握って元気づけてくれる。

 先程は混乱した様子だったが、徐々に落ち着きを取り戻していた。

 今は濾過を受ける私の側にいる。

 私が喋れないと知ると、代わりとばかりに喋り続けている。

 その姿は痛ましく、幼子が悪夢を恐れているかのように見えた。

 命綱とばかりに私の手を握り、ずっと他愛も無い話をしている。

 何も言えない言わない私に、彼女はどこか安堵しているようでもあった。

 きっと問われも聞かれもしたくないのだ。

 怖くて、悲しくて、嫌な事を思い出したくない。

 助けて、助けてと心のなかで言いながら、何も言えずにいる。


 よくわかるよ。

 私も同じ。

 言葉にしたくないんだ。

 怖くて辛い事ばかりなんだもの。

 せめて、今だけは何も考えたくない。

 だって、この先に待ち受ける現実からは逃げられないんだから。


 ねぇ、何があったの?


 と、私だけはビミンに聞かない。

 私も聞かれたくないから。

 問わず聞かずに、助けもしない。

 卑怯者め。

 逃げるのか?

 あぁ私は逃げる。

 誰かの人生を壊す前に逃げるんだ。

 問いただし聞くのが正しい事、だとしても。

 私は、友達としては駄目な奴だ、な。

 友達失格かぁ。

 私、友達になりたかったんだなぁ。


 傍らのビミンを見ながら、少し微笑む。

 返るほほ笑みに、胸が悲しみで満たされる。


 私は巻き込みたくないって思ってる。

 私が話す言葉は、もう、私ではないから。

 言い訳、だね。

 念話で伝える事はできる。

 でも、沈黙するのは、怖いからなんだ。

 利己的なんだ、自分にがっかりしたよ。

 親しいと思う人や、友だちになりたい人に、不幸を呼びそうで怖いんだ。

 ごめんね、私は自分が傷つきたくないんだ。

 君に影響を与えて、君が傷つく姿をみたくない。

 だから、少しでも心に残る人を減らそうとしている。

 本当、自分にがっかりだよ。

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