第711話 人の顔
「えぇ、三公領主館の主ですね。
アッシュガルトの近くにある、領主兵の駐屯街の者ですよ。
随分と小さくなって。
態度の大きな男でしたが、どうやらシェルバン人という免罪符は失われたようですね。
仲間に殺されるとは、何をしたのでしょうか。
まぁ仲間とするには人間様のようには見えませんし、流石に嫌がったのでしょうか」
「ごきげんだな、公爵。
封鎖した筈なのに小荷物になってこっちに来たってことは、下の騒ぎは内地からか」
「封鎖ですか」
「街道は封鎖している。
アッシュガルトの東側に二重に、簡易な関を置いた。
ちょうど貴殿を掘り返した頃に受け取った知らせでは、封鎖完了とあった。
どうやって内地の暴徒が入り込んだんだ。」
「地下も塞ぎましたか?」
「地下だと」
「アッシュガルトには地下道があります。
三公領主館側に抜ける通路ですね。
大潮の時には海の底ですが」
「届け出はなかったぞ、地図にもない」
「古隧道が、もしかすると水没するので下水か河川表記になっているかもしれませんね。」
「ありえん失態だな。
オリヴィア、目を開けても大丈夫だ。」
目を開くと、トリッシュと共にユベルが駆けてくるのが見えた。
「これで少しは状況がわかるか」
その更に後ろ、アッシュガルトの方向からも人の姿が見えた。
そして気がつく。
エンリケを見て、彼がカーンとは別の獣人種族である事が見分けられたのだ。
争いの後なのか、彼の顔には入れ墨以外の濃い縞模様が浮き出ており、半ば獣化したのか黒と白の勇ましい毛並みが見えた。
その御蔭でもあるのだが、獣人の種類が見分けられるぐらいには、彼らに慣れたようである。
そのエンリケは、私をチラリと見やり後ろを振り返る。
彼が振り返る先には、疲れ切ったビミンの顔があった。
ビミンの手を引いているのは、祖父のニルダヌスだ。
ニルダヌスは血と汚れで酷い有り様だが、獣化はしていない。
見たところ怪我は無い。
ビミンも見たところ無事だ。
よかった。
けど、表情が抜けてしまって何も見えていないようだ。
何があったんだろう。
さっきの異形のようなモノが他にもいっぱいいたんだろうか。
***
私達は今だに、あの丘の上にいる。
城塞からユベルと兵士数人が戻り、カーンと公爵が話している。
どうやらアッシュガルトにて暴動のような事が起きているらしい。
城塞は閉じ、鎮圧に兵士を出したそうだ。
規模と被害はアッシュガルトの街と住民に留まっている。
暴動といい切るには、散発的だそうだ。
エンリケもカーン達の話し合いに加わり、私はテトを抱えて座る。
護衛を置いて、彼らの話す内容が聞こえない距離で待機だ。
側には、ニルダヌスとビミンもいる。
ふと、ニルダヌスと目があった。
彼の目はとても静かだ。
まるで空っぽの部屋。
空っぽの、思い出だけが降り積もる侘しい部屋。
空っぽだけど、たくさんの思い出がある。
彼はビミンを私の方へ押し出した。
押し出されて二三歩踏み出してから、彼女は私にはじめて気がついたようだ。
まじまじと猫と私を見てから、何かを言った。
多分、彼女は、こう言ったと思う。
どうしよう、どうしよう
座ったまま、私は片手を差し出した。
彼女は膝をつくと、私の手を握る。
どうしよう、ねぇ、どうしよう
彼女の背後で、ニルダヌスが空を見上げる。
その姿も孫娘と同じく、途方にくれているように見えた。
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