第659話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ 中 ⑤

 関の順路とは、わざと真っ直ぐではなく迷路のようになっている。

 時間をかけて進めさせるのは、その間に観察をし、書類を見直し不備を探す為だ。

 もちろん、王国伝令旗を掲げた集団の武装解除はできない。

 相手としても、身改めもし厳しく詮議をしたいかもしれない。

 だが、シェルバン方向からの通過者である。

 すでにコルテスと自領地の関を越えた後だ。

 補給の荷駄に手を出すシェルバン兵はいなかった。

 何を考えているのやら。

 と、イグナシオは相方をちらりと見やる。

 静かだ。

 反省しての事ではない。

 別の何かに気をとられ、口を噤んでいるかのように見えた。

 笑みが消えたその顔は、風の音でも聞くかのように神妙だ。

 考えても何もわからぬと、イグナシオは進む先に目を据える。


 馬の蹄の音、荷駄の軋み、吹き抜ける風。


 そうして出口のボフダン側の大門が見え、このまま順調に進むかに思えた。


 通路の影、白い壁、半円を描く建物出口。


 ふとイグナシオの意識に空白が生まれ、誰かの夢の中にいるような気がした。

 そして、そんなやわらかな夢はすぐに消え、突如無粋に差し込まれるは何か?

 イグナシオ達も追従するシェルバン兵達も、合わせたように顔をあげ振り返る。


 鐘の音だ。


「何の鐘だ?」


「貴様等には関係が無い」


 案内の兵に聞くが取り付く島もない。

 だが、鐘は忙しなく鳴り響き、案内の兵達の歩みも早くなった。


「大門が閉じますね。我々を閉じ込めるつもりですか?」


 サーレルの言葉に、案内の兵士が上擦った声で返した。


「そんな事をするかっ、あれは関町内の警報だ!」


「襲撃ですか?」


「違う、関内でなにか起きた時の鐘だ。大門を閉じるのは念のため、手順道理の事で他意はない」


「通れるんだろうな?」


「急げ!こちらとて出ていってもらいたいのは同じだっ」


 そうイグナシオに返し、シェルバン兵達も急ぐ。

 が、大門は目の前で閉じた。

 閉じた門の前で立ち往生する一同。

 案内の兵士達が慌てて門の詰め所へと駆け込んだ。

 静かだった関全体に人の動きとざわめきが聞こえる。


「閉じ込めるつもり、とも思えぬか」

「できないでしょうけどね」


 イグナシオ達を足止めする、閉じ込める、捕らえる。

 というのは現実味のない、実現不可能に近い話しだ。

 それにそういった雰囲気とは程遠い。

 むしろイグナシオ達は放置されようとしていた。


「サーレル」


 ふと、耳に届いた。

 イグナシオの呼びかけに、サーレルもそして仲間たちも耳を立てる。


 順路と建物、そしてそれを囲む内塀。

 関の住人たちが暮らす場所は見えない。

 見えないが、町があるだろう方向から、微かに、微かに聞こえた。

 か細い悲鳴、何かが壊れる音、馬の嘶き。


 顔を見合わせる。

 イグナシオは、先程まで騒いでいた男の目を覗き込んだ。

 硝子のような瞳が冷徹に輝き、唇は歪んだ笑みを形作っていた。


「切っ掛けを知りたいと思いましてね」

「何の話しだ」

「架空の話し、机上の空論、私はね、事実が知りたいのであって、想像の物語はいらないんですよ。

 おとぎ話は、必要がない。」

「どういう意味だ。俺に謎掛けは無駄だ」

「変異の切っ掛けて何でしょうね。

 人体に虫が入った。

 その寄生虫が卵を産む。

 だが、この産卵も、が必要で、卵が無いままで寄生を続けるのが殆どです。

 じゃぁどうして産卵が始まるのか?

 次に、産卵された次の世代の寄生虫は、元の虫とは別の奇形腫が多数を占めます。

 そしてこの卵から孵る条件は何でしょうか?

 これも単なる成長具合で孵る訳では無い。

 で奇形腫として孵る。

 そして奇形腫が宿主の肉体を変えようと活動するにも、成長したからという理由はなく、血中で共存している場合もあった。

 では、このとやらは、何だ?となります。」


 ぺらぺらと喋る男の言葉に、イグナシオは口を曲げた。


「何を仕掛けた」


 それにサーレルは頭を振った。


「私は、何もしていませんよ。私はね」

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