第658話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ 中 ④
「神の
勿論、それはサーレルに対しての言葉だ。
「くだらぬ憂さ晴らしをするな」
だが、シェルバン兵には己達が事だと受け取った。
「貴様らの所為で、こちらはいらぬ事をせねばならんのだ。
なにがくだらぬ行いだ。
貴様らのような獣が、人を諌めるなど
まして畜生風情が神を語るだと、我らが神が畜生を人などと呼ぶものか」
年配の兵士が、青筋を立ててがなり立てる。
それにイグナシオは軽く肩を竦めた。
「残念だが、貴様らの神と俺の神は違うようだな。
すべての事は神が見ておられる。
何も争う必要もない。
むろん寛容な我が
「野蛮な畜生の神か、さぞや下等な教えだろう。
この町の者は神の教えに忠実なだけだ。
お前たちのクサイ臭いがつく前に、さっさと先に進むがいい。
元々畜生の分際で、神だと?
笑わせてくれるわ。
よほど野蛮な神なのだろう。
言葉を操ろうとも、元は家畜の分際で、なにが神だ。
偽神を崇める邪教徒め、貴様らのような獣の神だ、精々泥人形程度の」
イグナシオはサーレルの腕から手を放すと、ゆっくりと正面から男に向き直った。
***
ふと、サーレルが問いかけるように自分を見ている。
と、イグナシオは気がついた。
背後の部下達も、自分を見ている。
そして長槍を持たぬ方の手が、サーレルではなく、神を持ち出した男の喉を握りつぶしているのが目に入った。
「おぉ、すまん、すまん。
つい主を持ち出されて手加減を忘れた。」
そういうと喉笛を潰し釣り上げていた男を地面に落とす。
「まさか、この程度で死ぬほとヤワではなかろう?」
首を傾げながらの問いに、誰も答えない。
周りのシェルバン兵はイグナシオの動きが見えなかった事に呆然とし。
関の住人は、その淡々とした凶暴さを目の辺りにし、やっと何と対峙しているのか気がついた。
誰も動かぬようだ。
と、イグナシオはため息をつく。
彼自身、ちょっと手に力が入った程度、ちょっとばかり、主を貶める言葉を並べられて殺意が突き抜けた程度の話しだ。
殺してはいない。
本気なら、首をねじ切っていた。
彼は仕方なく、白目を剥いて地面に崩折れている男を片手で掴んだ。
人垣がざっと遠のく。
仕方がないので逃げ腰の関役人めがけて、男を投げつけた。
「息はある。
一月ほど首が回らぬかもしれんが、死んではいまい?
それともかわりに俺の首を絞めたいか?
ほら、いいぞ、絞めてみろ」
投げ渡された関役人が二人ほど、意識のない兵士に押し潰され蛙のように呻いている。
それを手助けもせず、見守るシェルバン兵達は動かない。
実際、シェルバンの奥地で本物の重量獣種などと相対する住人など皆無だろう。
目にするのは、混血か軽量の奴隷ぐらいだ。
つまり、ほぼ人族の体力と外見の者の事だ。
人族との違いは、差別ではなく、実際の種族、生物としての違いであり、初めて目にしたのだろう。
肉食動物を知らずに、撫でに行くような馬鹿の行いである。
故にイグナシオ自身は神を持ち出さなければ、罵られようとなんだろうと別に気にもならない。
差別や低い文明度は致し方ないものだ。
等と、己の暴力的問題解決方法を棚にあげて、彼は再びため息をついた。
「手続きは済んだようだな。
ボフダン側の順路はどっちだ。
おい、そこのシェルバン兵、俺たちの後ろに立つなよ。
無意識に殺しちまうからな。
冗談じゃないぞ、俺たちは、お前たちの言うところの、野蛮な奴らだからな。」
ごく真面目に返しているつもりの男に、部下達がこらえきれずに笑った。
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