第310話 幕間 暁の棘 ③

「それこそお前たちの出番だろ」

「あぁその通り。

 我々の出番だ。

 そこで呪い憑きの御同輩に頼みがあるんだよ」

「俺達を使う意味があるのか?」

「あるね。

 人族は信用ならない。

 お前たち種族として、今回のような事象には一番信頼できるのだ」

「種族として?」

「そうだよ。ボルネフェルトが人に対して行った数々の行いは、人族が標的だ。

 そこには、お前達獣人を想定していない。

 魂の強度、肉体の違い。

 文化の違いによる抵抗力がある相手は除外している。

 簡単に言えば、信じてる物が違う相手だ。

 恐れている事が違う。

 奴が何かをする時にかける感化、支配をする取っ掛かりは恐怖だ。

 相手の恐怖を煽り動揺させる。

 詐欺や恐喝の取っ掛かりと同じだ。

 だから、俺達が恐れる事とお前達が恐れる事柄に開きがあればあるほど、ヤツの手段は通じなくなる。

 それがわかっているから、同じ価値観と文化の種族、人族や近しい亜人に的を絞っている。

 特に長命種族が標的だ。

 だが、獣人族は想定にない。まぁ今のところはな」

「それで俺達獣人に何をさせる気だ」

「奇妙な事象に遭遇した場合、そこで発見されたを必ず完全な状態で保管し、神殿へと預けて欲しい。

 それも私か神殿長にだ。」

「取るに足りない品々?」

「まぁ見つけたとして用途のわからない品々は、汚染されていると考えれば良い。そうして見つけたら、集めてくれって事だ。

 軍の分析に回す前に、よくよく調べ無害かどうかを判断したい。」

「よくわからんが、何か妙な物があったら送ればいいって話か」


『..ハヤク..テ.』


「大丈夫か、顔色が悪いな?

 やはり何か異変があるんだろう。」

「視なくていい。これからひと仕事するんだ。神官の能力を使うんじゃねぇ。こっちは何にも変わりねぇよ。ちょっと寝不足なだけだ。」


 暁に群青色が混じる。

 胸苦しい空の色を見ながら、カーンはずっと考えていた。

 不安と焦燥の原因は、正直に言えば最初からわかっていた。


 幻聴、幻視。


 ふざけた話だ。

 だが、理由はわかっている。


 あの小さな娘だ。

 たいした付き合いもない娘。

 娘の死が見える。

 そしてそれがまやかしに思えず、小さな娘が孤独に死ぬと思っている。

 思っている自分が嫌だった。

 本当に珍しく憂鬱で、呪いを笑い飛ばすことができない。


「..を特に探してくれ。何だよ、聞いてんのか?」

「聞いてなかった」

「そこは正直かよ」


 カーンは、イグナシオと同じく北を見た。

 胸苦しく暗く青い山々がある。

 胸の奥に刺さった棘が抜けない。

 だがおかげで、忘れない。

 小さな綻びにより忘れない。

 それは作為か偶然か。

 遊戯の不思議であろうか。

 愚かな男は、小さな娘の存在だけは忘れずにいられた。


『...』


 誰かの呼ぶ声と微かな音が、時々聞こえる。

 と、カーンは誰にも言わなかった。

 時々、微かな鈴の音が聞こえるのだ。

 きっと生きている姿を見たら、納得して忘れられるとカーンは思った。

 きっとそんな幻は、消える。


「何を探せばいいんだ?」

「はぁちゃんと聞いてくれよ。先ずは..」

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