第176話 侯爵 ②


 もう一度、ゆっくりと息を吐き、現実を見る。

 私は私だ。

 聞いては駄目だ。

 興味をもっても駄目だ。


(ズルをしないのは良いことだけど。

 僕は君の敵じゃないんだ。

 信じてもらえないけどね。

 おせっかいをするのは、騙そうって話じゃないんだよ。

 きっと君は、僕を怖いと思ってる。

 君は、力が怖いと思ってる。

 確かに間違いじゃないけどね。

 でも、君は選んだんだ。

 選んだ分、ちょっとだけ、勇気が必要なんだよ。

 まぁ、これも余計なおせっかいか。

 ちょっと黙るよ、だから、僕の口出しが出た時は、聞くだけは聞いてね)



 護衛は、私達を認めると扉を軽く叩いた。

 それに微かな答えが返る。


「ラースとお連れ様です」


 ラースとは案内の男の事のようだ。

 先に立つ彼は、護衛の耳元で何事かを囁く。そして中へと声をかけると扉に手をかけた。

 そこで彼は私達を振り見ると、少し微笑みを浮かべた。

 心配そうだ。

 と、その顔を見て思う。

 答えは、扉の中にあった。


 アイヒベルガー侯はせっていた。

 長命種の特徴である、年齢のわからない顔。

 しかし青白い顔の中にある目を見れば、侯爵が老齢であろうとわかる。

 部屋の中には、身の回りの世話をする年配の女性が一人いた。

 侯が身を起こすのを手伝い、喉を潤す為にお茶を口元にあてる。

 私達は下座にて長椅子に腰掛け、それを見ていた。

 侯爵は先に、臥せる身をびる。

 そして我々に対しての歓迎の意をとぎれとぎれに告げた。

 ラースは心配そうに、それを見守る。

 そうアイヒベルガー侯は、酷く弱っていたのだ。


「本来、私が侯にお目にかかる必要は無いのですが。

 その理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」


 サーレルは喜劇でも眺めるように、薄ら笑いで問いかけた。

 それに侯爵も苦しい息を吐きながら笑った。


「今更、何を隠した所で、この痛みが薄れる訳もない。

 それに使者よ。

 どうやら貴殿のお陰で、ようやく事が動く」


 それにサーレルは、少し頭をかしげた。

 当然の疑問に、侯爵はまず侍女を退出させ、ラースを側に呼んだ。


「ラースよ、事の始まりを、使者と連れに語るのだ。」


 それにラースは逡巡しゅんじゅんした。

 特に、私を見てだ。

 私は言葉を発する身分ではない。

 退出すべく腰をあげた。


「動くでない。

 その子供の側にいるのだ。

 話は大した事ではない。

 何、われせがれが死に、我も死にかかっているに過ぎない。その話だ」


 大したことである。

 聞きたい話でもない。

 関わりももちたくない大事だ。


「それに皆、もう知っているのだ。

 我がにかかっていることを」


 浮かしかけた腰が、椅子に沈んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る