第371話 幕間 怒りの矛先 ⑤

 鍋に火薬をいれて火にかけたようなものだ。

 こだわり続けるコンスタンツェ。

 グリモアを手にした呪われた娘。

 その娘と同じ呪いが紐づけられた男。

 騒動の急使の後に、件の男からも一言伝令が来た。

 一言、壊した、と。

 女子棟が崩壊したとは神殿長の急使で知った。

 その他、何を壊したか戦々恐々で戻った。

 そして立ち入り禁止の縄の向こうは荒れ地みたいだ。

 内壁が前衛芸術みたいな有様になっている。

 神殿長がそそくさと本神殿へと戻っていく。

 そりゃそうだ。

 神殿の権力が神官にあると思ったら大間違いだ。

 仕切っているのは、細々とした差配をする巫女である。

 巫女達が怒ると長い。

 多くが年寄りなのもあるが、大体はどの界隈でも女の怒りは長い。

 男が忘れた頃に、火種を掘り起こして怒り出すなどざらだ。

 壊れた大理石の柱の残骸を横目に、ジェレマイアは溜息が止まらない。

 元宰相が寄進した女子棟は、その金のかけ方があからさまに違っていた。

 建設当時の巫女頭が妙齢の美女だったので、スケベ根性を出した当時の王係累の宰相が奮発したのだ。

 ちなみに、今のクリスタベル巫女頭ではない。

 総代は当時も婆さんだった。

 美女は現在元宰相の後妻だ。どうでもいいか、と、ジェレマイアは瓦礫に遠い目をする。

 横領はしていない。

 元々金持ちの大貴族だ。

 総大理石に、可愛らしい花模様やら彫刻やらで飾り立てられていた。

 一番端の部屋まで、あるべき建物が無くなっているので、そのまま庭の残骸を進む。

 残骸はあるが遮蔽物は無い。

 木っ端微塵だ。

 地面の抉れや花壇の草花、大きな草木などもなぎ倒されて酷い有様である。

 それでも残った内壁に、大きな亀裂と穴が開いている。

 死人の報告が無いのが幸いだ。

 神殿の地下牢には、二名ほど座っているが。

 その場で処刑執行寸前、崩落音に駆けつけた神殿長が待ったをかけたらしい。

 ジェレマイアは、考えただけで疲労感が増した。

 トボトボと歩く祭司長の姿は珍しい。

 見かけた信徒が頭を下げる。

 それに挨拶を返すも、空元気はそこまでだ。

 確認した請求書の額が目に入って痛手が増したのだ。

 コンスタンツェを死刑にされてはたまらない。

 しっかりと支払いをさせてから、死刑なりなんなりしてもらいたい。

 そんな事を考えながら先に進む。

 すると辛うじて残っている木立の側で、少女と巫女頭がお茶を飲んでいた。

 そこだけは優雅だ。

 瓦礫を呆然と眺める少女。

 気持ちは分かる。

 と、ジェレマイアも思った。

 俺も逃避していたい。


「あ〜、何があったんだ?だいたいは聞いたけど。」


 明るく声をかけてみる。

 それに巫女頭は鼻を鳴らす。

 相当のお怒りのようだ。

 あまりの愚行と破壊に怒りが天元突破しているようだ。

 たぶん、坊っちゃんが生きているので安堵もしているのだろう。


「死人がでなくて幸いだった。

 それにお嬢さんも無事でなによりだ」


 鼻を鳴らす代わり、睨まれた。

 まぁ二人共無事でなによりだとジェレマイアは、もごもごと呟いた。

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