第370話 幕間 怒りの矛先 ④

 神殿には、神官や巫女が大勢暮らしている。

 神仕えは基本、独身者だからだ。

 もちろん、神殿騎士などの武装神官は、婚姻している者も多い。

 人として婚姻する事は自然だからだ。

 つまり、中央大陸の本神殿は、王都にて巨大な敷地をもっていた。

 大陸全土から信者が参拝する為、神殿居住区以外も受け入れ施設が併設されている。

 そんな信者参拝や観光目的の者を饗す宿泊施設を管理し働く者もいる。

 孤児や身寄りの無い者を収容する場所。

 行儀見習いの者も受け入れている。

 沢山の者が寝起きし、その他にも神殿の守護集団である神殿兵団も別棟にて活動している。

 巨大な施設であり多くの人々が活動する場であるため、住み分けは厳格にされていた。

 中央に本神殿、囲むように学問施設、資料館など外部の者を受け入れる施設が並ぶ。

 そこから働く者が行き来しやすいように、男女に大まかにわけた居住棟が並ぶ。

 居住棟は更に身分や仕事内容でも分けていた。

 特に女子棟は、未婚でうら若い貴族の子女などの行儀見習いなどを預かる場合もあるので、奥まった場所にある。

 女子棟内壁は装飾も美しいが、その高さは城壁並などと揶揄するほど高い物だった。

 まかり間違っても賊が侵入しない為と、そこに面した庭園に気兼ねなく足を運べるようにとの配慮がなされていたのだ。

 まさか神殿外壁を越え、信徒の目があるだろう回廊の屋根を走り抜け、更には手がかりさえない大理石の内壁を駆け上がる馬鹿がいるとは思わない。

 たとえ獣人の膂力なら可能だとしてもだ。

 実行する馬鹿がいるとは、ジェレマイアにも予想できなかった。

 神殿侵入だけで死罪だ。

 繰り返すが、そんな馬鹿がいるとは普通思わない。

 だからこそ、少女を置いたのに結果はこのざまだ。

 獣人という種族を侮っていた。

 いや、馬鹿を侮っていた。

 と、後悔しきりのジェレマイアである。

 何も、少女の身の案じての後悔だけではない。

 グリモアとは感化の力である。

 いい意味で繊細ではない獣人の兵士ならいざ知らず、何か心に鬱屈のあるような者が近寄れば、餌食だ。

 それは神殿長もわかっていたはずだ。

 だが、先にコンスタンツェがひっくり返った騒ぎで動転したのだろう。

 相談した神殿兵長は日和見の風見鶏、話にならない。

 そこで何を思ったか、旧知の中央軍統括長に相談をもちかけた。

 身分が高い相手の神殿侵入をどうにかして欲しい。

 と、お願いしたのだ。

 神殿に勝手に入られるのも困るが、コンスタンツェのような事故がおきても困るという配慮だ。

 お願いする相手と配慮が間違っている。と、ジェレマイアは思う。

 思うが、きっと多忙な自分や兵団長に躊躇ったのだろう。

 まさか二度も同じ馬鹿をやるとは思わない。

 そしてこのお願いに熊..じゃなくて統括の仕事は早かった。

 自分の部下の中でも能力の一番高い、そして事情をわかっている男に続けての任を与えた。

 確かにジェレマイアも彼女を守ってくれと頼んだ。

 だが予想外の馬鹿がいたのと同じく、呪いがかかった人間の行動がどうなるかは予想外だった。

 つまり、この結果はジェレマイアにも責任があるのだ。

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