第369話 幕間 怒りの矛先 ③

 坊っちゃんが馬鹿をやってひっくり返った。

 先に来ていた知らせには、その内容が書かれていた。

 そこまでなら、なんら仕事を取りやめて帰る必要はない。

 次に追うように、急使が到着。

 神殿長からの手紙の内容を要約すると、


 『不法侵入者と中央軍からの警備が交戦。

 捕まえたら、やっぱり坊っちゃんだったよ。

 それから神殿女子棟の一部崩壊しちゃった。

 あの建物、元宰相閣下の寄付なんだよね。

 その場で処刑されそうになったのを止めたんだけど、どうしたらいいかなぁ?

 公王に聞いたら、処刑していいよって言われたけど、さすがに冗談にならんから、助けて。』


 話を聞いた神殿兵団長の額に青筋が浮かび、ジェレマイアは脱力して何も言えなかった。

 古参の神殿兵団長は長命種の老人である。

 自身が戦うというよりも、部下を使うのが上手い人物だ。

 だが、彼も古参の巫女頭同様、相手が貴族であろうと何であろうと、怯む人物ではない。

 そして本神殿の秩序を乱す者も許さないが、秩序を守れない神殿兵長も万死にあたいすると考える、特に信仰心の厚い人物だ。

 つまり面倒くさい。

 そこからはフリュデンの采配を副官に指示すると、ジェレマイアを伴い強行軍で帰還。

 先を争うように中央軍へと状況確認に向かう。

 話によっては、軍へと警備責任を移譲した神殿長も説教だし、神殿を守るはずの者達は吊し上げだ。

 そして状況を知るにつれて頭に浮かぶのが、原始的な雄同士の縄張り争いの事だ。

 獣人の重量獣種、戦闘種族が集まると、誰が一番強いか決めよう大会が始まる。

 加工技術が洗練されたので、本来の死闘ではない。

 それでも軍は年中行事で、この一番強いの誰だ大会を執り行う。

 そこに混じる獣人族以外の軍人たちも、毒されて楽しみにしている。

 どこの軍団の、誰が強いんだぞ。という話題がアツイらしい。

 意味がわからない。

 ジェレマイアからすれば、もう、彼らの娯楽の意味がわからない。

 今回は、グリモアや少女にある呪いを考慮し、扱いを慎重にしようとした。

 慎重にしただけなのに、結果、彼らの娯楽に一役かったようだ。

 本神殿の女子棟方向に目を向ける。

 ジェレマイアの視界には、本来あるべき女子棟の高い壁が見えない。


『壁の痕跡はあるなぁ〜

 手前の庭、庭じゃねぇや瓦礫だわ』


 大理石の巨大な破片に瓦礫となった庭園だった景色を見る。

 一般信徒が取り付けてくれたのか、立入禁止の縄が手前に張り巡らされていた。

 呆然と眺めていると、神殿長が視線を下げたまま紙を手渡してくる。

 見なくても分かる。

 請求書だ。

 寄付といっても元宰相の懐から出た女子棟だ。

 総大理石の当代一の彫刻家による装飾も綺羅びやかな代物だった。

 今は瓦礫だが。

 請求書は金持ちのコンスタンツェに直接渡せ。

 俺に渡すんじゃねぇよ。

 俺から渡すのか?嫌だよ。

 と、ジェレマイアと神殿長の幼稚な争いは神殿長が勝った。

 代わりに兵団長の説教が待っているので、ジェレマイアが情けをかけた形である。

 どちらにしろ、二人共、泣きたい気持ちは一緒だった。

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