第172話 紋章 ③
通された部屋からは、城壁の内側がよく見えた。
城下とは違って、石造りの建物が
それでいて戦時には往来がしやすいように、道幅が広くとられていた。
私とエリは、陽射しが入る窓際の椅子に腰掛けている。
冬の陽射しだが、ぬくぬくと暖かい。
どうしても二人して瞼が下がる。
その間、あの出迎えの騎士とサーレルはお茶を挟んで談笑していた。
話題は最近の中央の噂であったり、他愛ない話を装った腹の探り合いであった。
出迎えの騎士は、短い黒髪に顎の角張った軍人の見本のような男だった。
少し左眉がさがり、傷がある。
そこが人好きのする風貌になっており、外見の威圧感を和らげていた。
実直そうな外見の男で、サーレルと同じくらいの背丈だ。
つまり、人種は違えど大きい。
因みに、サーレルが獣人の多分、中重量種(カーンが重量獣種で、それよりも下の重さ=獣人で言う戦闘能力へ特化した体つき)で、この男は長命種人族であろうと思う。
見た限り、指の数が長命種の本数だ。
因みに亜人は長命種や短命人族種より本数が少ない。
トゥーラアモンの騎士は、黒鉄の鎧と黒い中履きをつけており、黒髪も相まって暗い印象だ。
そうして地が影のように暗いので、逆に肩当てに彫り込まれた紋章が浮き上がって見える。
目立たさせる為に金色に塗っているのかも知れない。
射し込む暖かな陽射しに、黄金の輝きが煌めく。
どうやらアイヒベルガー侯爵の紋章のようである。
それを見て、エリに教える。
彼女は眠気を払うと、騎士の肩当てを見て目を丸くした。
するとそれに気がついた騎士がニッコリとする。
それから柔らかな笑顔を子供に向けた。
「これは我がアイヒベルガーの紋章で、神鳥を表しています。
神鳥は、悪と病を食い殺し、人を平和に導きます。」
「神の鳥ですか」
サーレルが人別を受け取り、持ち込んだ事務官とやり取りをしながら口を挟んだ。
「ええ、元々はこの地方の土着宗教が題材で、地母神の子供と言われております」
「地母神ですか、聞いた事がありませんね」
「侯爵様のご先祖が、この土地の出身だったそうです。
なんでも、この地方には大地の毒から人々を守る神がいたそうです。
それを地母神として祀ったそうです」
「さすが古いお家柄ですね。その地母神の子供の神ですか」
「この鳥は地母神と同じく悪や病を食うそうです」
「では、その母神も同じく鳥の姿を?」
「いいえ、美しい大蛇と言われています。
子孫繁栄と、長寿に知恵の司るそうです。」
「それは中々に気前の良い神ですね」
しばらく会話は途絶え、騎士もサーレルも人別を照らし合わせる作業に集中した。
(これが鳥に見える?)
私は黄金の輝きから目をそらした。
鳥にしては嘴が無く、体は細長い。
体から幾筋もの翼が伸びているが、とても鳥には見えない。
それは火を吹き、長い二股の舌を出している。
紋章は勇ましく、剣と斧がその神鳥に交差して描かれていた。
「エリの靴の刺繍の方が、可愛いね」
それにエリは神妙に頷き返した。
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