第811話 挿話 陽がのぼるまで(中)②

(下がっておれ)


 ゴウッと音をたてて炎が上がる。

 それと同じく、私達に迫っていた根や茎を、大鉞おおまさかりが切り上げた。

 焦げ茶の毛並みに牙を剥き出した兵隊が唸る。

 その唸り声と大鉞の威力に、襲いかかってきていた化け物達が怯む。


(多少は知性が残っているのか?)


 呆然と転がる私を、鬣の兵隊が引き起こした。


「下がっていなさい」


 どこかで聞いた声。

 あぁそうか。

 この大きな二人は、そうか。


 目の前に迫っていた茎の束を掴み取ると、大きくて奇妙な形の槌で叩き潰す。

 そうして蛹を手繰り寄せるようにして、鬣の兵士はズルズルと根を引っ張った。

 騒ぎ暴れる複数の蛹に群がるように、化け物となった男達が群がる。

 それを大鎚おおづちが一振り、容赦の無い重い一撃が振り抜かれ、残像を残して全てを消し飛ばした。

 残るは血煙と肉の残骸である。

 信じがたいほどの攻撃に本当なら恐れ慄く事だろう。

 けれど、これならば人が喰われて死ぬような末路は止められる。

 なんと頼もしい事だろうかと、やっと息を吐く事が叶った。


(人を喰らおうとは、悍ましい化け物どもめ)

(嫌なニオイがするのぅ、なんぞ覚えがあるなぁ相棒)

(あぁ、ちぃっとばかり、後で話をせねばならんなぁ)

(まぁその前に、掃除じゃぁ)


 炎があがる。


 お祖父ちゃんも私も、息を吐き力を抜く。

 まだまだ化け物がいる。

 人の悲鳴も聞こえる。

 けれど、炎があがる度に、私達は力が抜けた。

 気を抜いた訳じゃない。

 けれど、兵隊達が火を使う度に、淀んだ空気が戻る気がした。

 毒を含んだ空気が薄くなる。

 それから直ぐに、後続の兵隊達が到着して、私達を細い通路から押し出した。

 彼らも吠え唸り、化け物に襲いかかっていった。


 ***


 あの広場が見える場所で立ち止まると、私達はそのまま腰を下ろした。

 少なくとも、誰もいない。

 化け物もいない。

 奥の広場、行き止まりでは、派手な炎と怒号が続いていた。

 大丈夫、あんなに強いのだから、大丈夫。

 震えながら言い聞かせる。


「ビミン、私を庇っちゃいけないよ。お祖父ちゃんはな、死んでいるようなものなんだ。

 お前は自分を生かす事を一番に」

「嫌よ」


 お祖父ちゃんは血塗れで、片目が赤く腫れ上がっていた。


「ビミン、私が、全部悪いんだ。

 私の所為なんだよ」


 いつもより、ずっとしっかりと私を見て、お祖父ちゃんが言う。

 曖昧な表情は消えて、昔のお祖父ちゃんがいた。

 お祖母ちゃんがいた頃の、お祖父ちゃんみたいだ。


「全部、私が元なんだ。

 大丈夫だ、私が死ねば、お前は自由になれる。

 私の名前なんて捨ててしまえばいいんだ。

 お前を受け入れてくれる場所は、いくらでもあるんだ。」

「嫌よ」

「お前の父親がおかしくなったのは、私が原因なんだ」

「違うわ」

「お前の父親にアレを与えてしまったから」

「アレって」

「元はな、お祖父ちゃんが悪い事をしたからなんだ。

 お前の両親を殺したのは、私なんだ。だから」

「嫌よ、嫌だ。

 何を今更言っているの?」

「お前の父親を間違った道に進ませたのも私だ。

 レンテが最後にああなったのも、私のせいだ。

 もっと早く、楽にしてやればよかったんだ。

 自分を取り戻した時に、自由を取り戻した時に決断していれば」


 何を言っているの?


「お前が戻る前に、レンテと共に死んでいれば」

「違う」

「たくさんの人が死んだのも、私の間違った考えが元だ。

 やっとわかった。

 死んで詫びる事は卑怯だと思っていた。

 だが、私は死ぬべきだ。

 お前をこれ以上苦しめるぐらいなら、皆に詫びて死ぬべきだった。

 フィが死んだ時に、私も死ぬべきだったのだ。」


 お祖母ちゃんの名前を言って、お祖父ちゃんは笑った。

 私は悲しみよりも、悔しさがこみ上げカッとなった。


「冗談じゃないわ」

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