第810話 挿話 陽がのぼるまで(中)

 奥歯を噛み締めて、睨む。


 茎は尖り、その血みどろの杭が撓み、目前に迫る。

 私は目を見開き、精一杯牙を剥く。

 自分が悪いって知ってる。

 でも、原因はお前たち化け物だ。

 憎い。

 お前たちが憎い。

 父さんを返せ。

 母さんを返せ。

 私の家族を返せ。

 お前たちを憎む。

 死んでも憎む。

 殺されたって、許さない。


「駄目だ、ビミン、あぁ神様、この子だけは、お助けを」


 お祖父ちゃん。

 こわい、よぅ

 お祖父ちゃんを、殺さないで。

 お願い、お願い


(この外道共が!)

(この塵芥虫どもを焼き払え)


 私達に絡む根と杭の間に、鈍色の何かが通り過ぎた。

 それは背後の異形の頭部に突き立ち、音をたてて食い込んだ。


 手斧だ。


 ブチブチと音をたてて根が引きちぎれる。

 手が自由になりお祖父ちゃんは、残りの根も断ち切った。

 眼は、私達から離れ通路の先に鎌首をもたげた。


 兵隊だ。


 武装した男達、獣人兵だ。

 私達を見た男達が大きく吠えた。

 酷く苛立たしい声だった。


 私達だったから?

 死んでしまえと願われる者だったから?

 この期に及んでも、心に浮かぶのは小さな考えだ。

 それでもいいの。

 お祖父ちゃんは生きてる。

 濁った空気に噎せながら、私とお祖父ちゃんは壁際に下がった。

 何とか伸びては迫る根を切り払い引きちぎる。

 そうして喰らおうと迫っていた根と茎が下がると、あの奇っ怪な男達が前に進み出る。

 爪と牙を剥き出しにして、醜い鳴き声をあげた。


 それを見て取ると、兵士たちが更に大声で吠えた。

 怒りと憎しみのこもった吠え声だ。

 その兵隊達の姿が変わる。

 むくむくと体が膨れ上がり、雄々しい先祖の姿になった。

 すると集団の先駆けか、一人男が走りくる。

 その男も擬態を解いてか、白と黒の毛並みが兵装からこぼれ見えた。

 後ろには続くは、更に大きく小山のような姿の兵士が、巨大な大鉞を担ぎノシノシと歩む。

 そしてその大鉞の兵隊の横を、奇妙な形の大鎚を振り回す、これもまたおおきな兵隊が進み来た。邪魔するモノは叩き潰され、齧りつことする化け物は、あっという間に血煙となり果てる。


 呆然とし、眺めいる。


 見て取るよりも素早いのか、私達の前を白と黒の毛並みが走り抜ける。

 彼は素早く曲刀を振り、襲いかかってくる男達を、柔らかな飴を斬るように撫でて両断していった。

 それはあっという間の出来事で、私達を囲んでいた化け物は、見る間に切り刻まれていく。

 隙をついては絡む根などは、牙を剥き出しにして軽々と引きちぎられていった。

 まるで小さなつむじ風のように、先頭を走る兵隊は淀んだ場所へと斬り込んでいった。


 助かったの?


 でも、根と茎は私達に向かってきている。

 多分、喰えそうな私がいるからだ。


 お祖父ちゃんの剣は、すっかり駄目になっていた。

 二人でジリジリと壁を伝うが、執念深い根と茎が血の流れのように迫りくる。

 それに吸い込む空気に体が痺れる。

 淀んだ空気に毒があるのか、足がもつれて私は膝をついた。

 転ぶと私の体に根が巻き付く。

 お祖父ちゃんが手を伸ばすけど、体からは力が抜けて息もできない。


「お願いします、孫だけはお許しください、お願いします。あぁ神様、奪うなら私を、私を」


 震える口元を見て、思う。

 私は大丈夫よ、お祖父ちゃん。

 私、平気よ。

 ほら、平気だって、言わなきゃ。

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