第809話 挿話 陽がのぼるまで(上)⑧

 今、私は後悔している。

 手遅れになって後悔してる。


 お祖父ちゃんは、ぼろぼろの私を難民の集団から見つけ出した。

 次に、どこからか意識も定かでないお母さんの事も見つけ出した。


 どうやって、私達を見つけたの?

 どうやって、父さんは死んだの?

 どうやって、疫病が広がる事がわかったの?


 時間はあった。

 けど、私は聞かなかった。


 聞けなかったんじゃない。

 思い出すのが怖かったんだ。

 自分の記憶が怖かったんだ。

 もっと早く思い出すべきだった。

 もっともっと考えるべきだった。


 母さんとも、もっと話し合うべきだった。

 恐れずに、もっと会話をするべきだった。

 もっと喧嘩するべきだった。

 逃げたのは私の方だ。


 臆病だった。


 忘れていれば、何も深く考えなければ、傷つかずにすむって、逃げた。

 逃げることばかり考えていた。


 自分の人生を、生きる事を逃げていた。


 誰かの所為にして、言い訳をしていた。

 家族を愛する事を恐れていた。

 失う事を恐れていた。


 逃げて逃げて、でも、自分からは逃げられなかった。

 当たり前だ。


 私は前を向いて生きていきたかった。

 逃げたのに。

 家族を取り戻したいと思った。

 逃げたのに。

 普通の暮らしをしたいと思った。

 目を背けたのに。

 憎まれて批判されて生きていくのが嫌だった。


 欲をかいて楽をした。

 後悔している。


 弱虫。

 なんて卑怯なの。


 大好きな父さんを忘れて、母さんから逃げた。

 お祖父ちゃんと話し合わずに、自分のことばかり考えてた。

 二人を疑えば、自分の中に眠る真実を見ないで済むと考えてたのね。


 お祖父ちゃんを食べようと、奴らが向かってくる。

 お祖父ちゃんは、私の手を離して逃げろって。

 もう、嫌だ。

 私は、私が嫌い。

 こんなの嫌だ。


 唸る。

 歯を剥き唸る。


 軽量の威嚇なんて、何の足しにもならないけれど。

 唸る。

 お祖父ちゃんをひとりにするもんか。

 食いちぎってやる。


 お祖父ちゃんの体に巻き付く根に、飛びかかる。

 こんなものに、私の家族は駄目にされた。

 こんなの怖くない。

 千切って千切って。

 どんどん増えていく。

 彼奴等が笑う。

 息が苦しい。

 目が痛い。

 お祖父ちゃんの両手が捕まった。


「お祖父ちゃんを離せっ」


 あの眼がお祖父ちゃんを殺そうと迫る。

 喉を切り裂こうと狙いを定めるのがわかった。


「嫌だ!」


 お祖父ちゃんに飛びつく。

 お祖父ちゃんは唸りながら、私を引き剥がそうと身を捩る。

 逃げろと言うお祖父ちゃんの喉の前に、左腕を突き出す。

 このままじゃ、私の骨では防げない。

 唸りながら、少しでも筋肉と骨が強くなるように願う。

 私の腕に食いつけばいい。

 喉だけじゃ駄目だ。

 どうする?

 あんなのが体に突き通ったら死んじゃう。

 お祖父ちゃんが死んじゃう。

 もっとだ。

 もっともっと強くなれ。

 お祖父ちゃんの体の前で、私は唸り続けた。

 軽量種の私では、大した体の変化は無い。

 それでも威嚇し、迫る者共を退けようと吠えた。

 男達より先に、あの茎が吸い殺そうと近づいてくる。

 化け物がどんどん囲みを狭めて。


「ビミン、逃げてくれ、頼む」

「イヤよ、絶対に嫌っ!」


 殺到する赤黒い茎が壁となって、目の前に押し寄せた。

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