第750話 俺は変わったか? ㉓
診察はエンリケだった。
医務官を追い出して、カーンが勝手に寝台に転がる。
靴を脱がずに足を投げ出し、大あくびだ。
それまでの刺々しい雰囲気は消え、半眼で眠そうである。
「脱水症状に、やはり喉が腫れている。
食事は固形物、刺激物は避けるように。
痛みが出てきたら、薬を出そう。
まだ、痛くないか?
そうか、いつもの薬は飲んでいるか?」
飴の袋を更に追加される。
「薄荷飴だ。
まぁ蜂蜜の飴も残っているだろうが、こちらの方が楽になるだろう。
カーン、煮沸後の水か果汁をもらって飲ませたほうがいいな。」
「わかった。果汁の方がいいだろうが、酸っぱいのは駄目か?
こいつ酸っぱいの好きなんだよ」
「吐いた後だ、刺激物は避けてくれ。喉がしみるようなら、お湯割りでもいいか」
飴と白湯を手渡される。
薄荷だが甘い飴だった。
口に含んで咽ないように白湯を飲む。
「で、終わりましたか?」
人払いされた診療施設の個室で、カーンは横たわったまま顎を掻いた。
その姿は疲れたようにも不機嫌そうにも見えた。
「あぁ、そろそろ引き上げる」
「了解しました。」
それだけの会話に、私はカーンを振り見る。
意図は伝わったようで、彼は苦笑いを浮かべた。
「もう1年分ぐらい喋ったし、俺も飴くれ」
一つ手渡す。
それを口に放り込むとカーンは面倒そうに喋りだした。
「失点のある奴らの更生の手助けを頼まれた。
蓋を開けてみれば、失点どころか更にしくじりをしてやがった。
俺もお手上げって話だな。」
しくじり?
「まぁお前には関係の無い話だ。
俺は奴らが反省して更生の余地があるなら、手助けをする事になってたんだよ。
だが、反省はしていないようだし、碌でもない事をここでもしてやがる事がわかった。
おまけに、この騒動だ。
お偉いさんの政治的な配慮の為の依頼も無駄になった。
まぁそういう事だ。」
あの二人の手助けをするはずだった?
何をしたんですか?
「たいした話じゃねぇよ。
仲間を売って逃げやがった。
よくある話だろ?」
ありません。
「まぁな。
後ろ暗い事があるんで、俺に指揮権が移るのを恐れた。
俺の点数稼ぎに自分たちが使われるんじゃないかってな。」
点数?
「政治の舞台に出るための箔をつける。ってのが南領東部貴族連中の入隊理由でな。
俺もその程度だって考えた訳だ。
お前を見て余計に勘違いしやがった。
まぁ簡単に言えば、責任を認めて経歴に傷をつけたくなかったんだ。
まぁ傷どころか処刑されてもおかしくねぇのになぁ」
そうなんですか?
「そうなんだよ。」
悪いことをしたんですか?
「言ったろう?仲間を売って逃げたのさ」
制裁はなかったのですか?
私の問いに、カーンは目を細めた。
眠気の為か、それとも熟考しているのか。
目を細め飴を噛みながら、小さく笑った。
「お前が前に言った直接手をくださなければ許されるのか?って話だ。
許されないだろうよ。
恐れに負けて敵前逃亡だ。
それも仲間を捨て石にし、民を巻き添えにし、更には人の住めない場所を広げた。
義務と責任を放棄し、己の至らなさを認めずにだ。
悪名を恐れ、犠牲者を貶めた。
つまり殉死者とその家族を非難し、親の力で逃げ切った。
だが逃げられるもんじゃァない。
そうだろ?
親の力って言ったところで、限度もあらァな」
親御さんからの今回はお願い、だった?
「戦をすれば犠牲は出る。
だからこそ、己が悪名を恐れてはならない。
もちろん、言うは易く行うは難しって奴だ。
俺だってそうそう偉そうな事ばかりは言えねぇ、だがな。
彼奴等、ここでも懲りずに悪さをしていたようでな。
もう言い逃れも、誰かを生贄に仕立て上げる事もできねぇだろうさ。
その親ってのも、ここで駄目なら諦めるって話だ。」
何か、モヤモヤします。
「まぁもうどうでもいいだろ。
賄賂漬けで仕事を疎かにした結果が、下の騒動だ。
シェルバン人と癒着するとか狂気の沙汰だろう?」
そういう、話なんですね。
あぁそれでか、コルテスの荒廃が見逃され、アッシュガルトにはシェルバン人だけがおり、座礁した船の略奪を許していた。
私でも理解できる失態だ。
「どういった取り引きを定期的にしていたのか、どれほどの人間が関わっていたのかは不明だ。
現在もサーレルの方で調査中だしな。
俺達の方で彼奴等と関わりになる事は、もうねぇよ」
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