第751話 俺は変わったか? ㉔

 確かに私には関われない話だ。


「ん、何だ?」


 勘違いの原因は私でしょうか、いえ、怒らないでください。

 ただ、私を見て何を思い違ったのかと気になって。


「あぁ、俺の点数稼ぎを報告する誰かと勘違いしたんだろうさ」


 それにはエンリケが凍えるような薄ら笑いを浮かべた。

 サラサラと記録をつけながら、声を出さずに笑う。

 それを目端に捉えると、カーンもニヤニヤと嫌な笑いを浮かべた。


「あんまりビビってるんで、笑いを堪えるのに苦労したぜ」

「わからんようだぞ、カーン」

「まぁそうだよなぁ。

 聞くが、お前からすると最近の俺はどう見えた?」


 今ならお喋りの理由はわかります。

 わざとだったんですね。


「愛想の良い俺なんぞ、キメェよなぁ」


 別に違和感はありません。

 旦那は、元から女子供には案外親切でしたし。

 私への態度も変わりないですから。


「それはお前が見かけによらず大物だからさ。

 まぁ実際、俺とお前がこうして気軽に話をする姿は、はたから見れば違和感だらけだ。

 俺としてもお前と会話するぐらい、おかしかねぇんだがよ。

 世間ってのは、妙な枠を作りたがる。

 俺だって人間だって話なんだが、そんな人間味なんぞ、表に出さないのが俺って訳だ。

 だから周りからすると、俺がお前の世話をやく姿ってのは驚天動地の有り様って訳だ。」


 怪我と病気で体力が落ちてますからね、本当にありがたく思っています。


 そんな私の礼に、カーンはちょっと目を見開くと、ふふっと普通に笑う。


「そう、お前にしても俺の世話焼きなんぞ、ジェレマイアから頼まれた仕事だろうと、そうして礼を言ってくる。

 当たり前の、人同士の関わりってやつだ。

 俺の仲間内でもお前は真面目なガキで評判も悪くない。

 俺が面倒を見るっていやぁ別段不思議とも思わん。

 お前の暮らしを握りつぶしちまったから、それが落ち着くまで面倒見るのが、南部男の流儀って奴だからな。」


 そうなんですか?


「南部人は野蛮人と思われがちだが、真っ当な一人前の男は、他人のガキだろうが何だろうが、己の弟妹、子どもとして扱うのが流儀だ。」


 南部は子育てを小集団で行うと聞きました。


「そういう事だ。

 んで、こうしたお前との無駄話は普通、だろ?

 それが彼奴等には異常に見えた。

 腹をくくれねぇ奴は、猜疑心で目が曇ってる。

 それに罰を与えられないってのは、どういう事だかわかるか?」


 グリモアの言葉が蘇る。


「悪人になりきれないなら、欲をかかねぇで辞めればいいんだよ。

 安泰な暮らしができる金持ち共だ。

 親の期待に答えられませんでした。

 部族の命令を遂行できませんでした。

 無能で結構、これ以上生き方の指図を他人にはされたくありません。

 身一つで生きていきます、とでも言えば良い。

 ガキじゃねぇんだからよ。

 それでも裏切って死なせた人間の声が聞こえるだろうが、牢屋に入る事を拒んだ結果だ。

 自分でなんとかするしかねぇ。」


 私だったら耐えられそうもないです。

 罪を償うほうが、楽です。


「そうじゃねぇから、馬鹿をするんだよ。

 お前を審問官注・補足ありだと勘違いするくらいによ」


 ぷっ、とエンリケが吹き出す。

 鉄面皮の男が顔をそむけている。

 私はと言えば、口を閉じるのを忘れた。


「異端狩りの者は通説、年齢性別関係ないって聞くぜ。

 善き信徒で身元も不明な者。

 お前がお偉いさんのガキかどうか確かめたかったのに、照会しても返答がない。

 恐怖がふりきれちまったんだろう。

 馬鹿くせぇよなぁ」


 なるほど。

 粛清者の隣に神殿の、異端告発者だ。

 巫女とは違い、彼らの力の方向性は尋問と拷問、罪科のだ。

 証明ではない。

 だから封印箱を開けられぬだろう、篩にかけて逆に証明しようとした、のか?

 本当の異端審問の者なら、そのような事をすれば心象を更に悪くし、最悪は処刑をと言い出すだろうに。

 こんな私でさえ審問者は恐ろしい処刑者であると知っている。

 粛清者であるカーンは、国の多くの利益の為に差し向けられる者だ。

 だからこそ、その行動は法治の下にある。

 恐ろしいが、それだけだ。

 村を街を消し炭にもするが、建前があり支配者の意向がある。

 下々が恐れているとしても、その恐ろしさは理解できるのだ。

 だが、審問者は法治の理屈で行動している者ではない。

 神殿の、信仰を拠り所にした断罪者である。

 どこに振りまかれるかわからぬ疫病のような物だ。

 法治に従ってはいるが、王の法治上に神を頂く国教の配下なのだ。

 そんな彼らが前に立つとは神に対する罪の確定だ。

 言葉は悪いが難癖をつけてくる無法者と変わりない。

 神殿もそれがわかっているので、彼らが活動するのはよほどの場合のみだ。

 例えば、神官や巫女を迫害し犯罪に巻き込んだ、等という事件を鎮圧する為に使われる。

 それも神官や巫女を敬う心さえ絶えかねない組織なので滅多に表に出てこない。

 なのに、こんな私を見て勘違いするほど、彼らは冷静さを失っていた?

 彼らには処刑人と見届人がやってきたとしか見えなかった?

 人の世の罰を逃れても、心の安寧は失われるという証明か。


「飴を喉に詰まらすなよ、娘」


 エンリケの珍しい表情を見ながら、私は口を閉じ飴を転がした。















 注)審判官、審問官の職権と能力は別となっております。

 因みに、コンスタンツェ殿下の職種が審判官です。

 一応、彼の登場時に職種能力説明があります。

 審問官は拷問師に近しい職種です。

 オリヴィアを見て、審問官だ!

 と、思うのは、ネズミを見て熊が出た!と言うぐらい馬鹿げた話という訳です。

 エンリケさんを見て審問官だ!と、疑うほうがまだ妥当な妄想で、エンリケさん本人も拷問大好きっ子な自覚があるのでちょっと笑っちゃうわけです。

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