第752話 俺は変わったか? (結)

 注)後半はオリヴィア以外の三人称になります。


 ***


「怒らないのか、オリヴィア?

 今なら飴の追加で、文句も受け付けるぞ」


 薄荷飴を手渡しながら、私は頭を振った。


「状況は情状酌量の余地なしって最初からわかってたんだがよ」


 そうなんですか?


「お前には悪い事をした。

 無駄な事に付き合わせたな。

 柄にもなく喋り倒して説教もしてみたが、お前も見たろ、聞いちゃいねぇ。

 お前のお得意の呪いでもかかってんのかってぐらい、おかしな考えの奴らだ。

 経緯は報告で読んでいたが、しょうがねぇや。

 まぁ奴らの為の地均しはしたしな、言った通りコルテス巡礼だ。」


 地均し?


「ある程度、新人教育を肩代わりしたしよ。

 馬鹿やってうまく回ってなかった仕事をもとに戻した。

 ウォルトのところと連携できるように内部人員の調整もしたなぁ。

 東の最新情報の更新に、中央からの官吏派遣の手配もしたな。

 そうそうボフダンの客も俺達の方で呼んだような気がするが。

 おまけに、お前と出歩いて公爵を掘り起こし、下の騒ぎの鎮圧作業だ。

 なぁ俺って休暇だったような気がするんだが、違ったか?」


 エンリケは今だに笑みを片頬に浮かべたまま何も言わない。


「下の治安回復だってよ、オービス達が今もやってんだぞ?

 なぁ彼奴等、何か仕事してるのか?」


「偽装工作に奔走しているのでは?

 憲兵の一部も我々の方で連れていきますし、きっと喜んでいるでしょう。」


「そりゃぁ俺の仕事が増えるだけって聞こえるんだが」


「大丈夫ですよ、サーレルが報告を順次送りつけていますから、馬鹿げた指示も取り下げられるでしょう。」


「そりゃ重畳だ」


 このまま公爵様の土地へ、すんなり行けるんですか?


 エンリケとカーンの会話を聞きつつ、疑問に思ったことを尋ねる。


「行けるさ。

 ここの牧童は彼奴等だ。

 彼奴等だって喜んでいたろう?

 俺は変わっていないってな。

 ならいつもどおり、勝手にやるさ。

 俺は変わらず、彼奴等も変わらずだ。

 それとも変わってみえるか、オリヴィア?」


 そう言って笑い、カーンはガリガリと飴を齧った。

 確かに飴の食べ方は変わっていないな。と、思った。



 ***


 病室に看護士を入れ、カーンとエンリケは娘の側から離れた。

 もちろん、その看護士は自分たちの手勢の一人だ。

 馬鹿が血迷う事も考えて、護衛は常に側にある。


「ニルダヌスの孫にも人をつけておけよ」

「手配済みです」

「で、どうだった?」


 仮の指示部屋に落ち着くと、仲間を見回してカーンが問う。

 それにはサーレルがニコニコといつもの胡散臭い笑顔で答えた。


「密輸や賄賂などのいつものやり口以外で、彼らが兎のように怯えている原因は、大まかに二点でしょうか。

 シェルバンの賊徒の流入の目こぼし。

 そして沈没船の積荷の略奪ですね。」


 無言のカーンに、彼は楽しそうに続けた。


「公爵閣下には、元御子息がいらっしゃいますが、その方の行方は今だに不明。こちらでも捜索人員を割きたいところですが、おそらくシェルバン奥地へと誘拐されたでしょう。

 また、シェルバンから運び込まれた毒水ですが、少数ですが現物を手にすることができました。

 こちらは解析に中央へと送りました。

 問題の積荷ですが、これはシェルバン船籍のもので、場所は今だに特定できませんが、アッシュガルトに保管されている可能性が高く、引き続き探索を行う事になるでしょう。

 こちらは元老院が受け持つとの事です。」


「公爵の誘拐に関しては、関わっていないか?」


「残念ながら関わってはいません。

 今述べたことも、直接の関わりはありませんよ。

 いつも通り、目こぼしをし、いつも通り、自分の手は汚さないようにしていますね。

 ですが、犯罪者という者は相手を信用しませんから、必ず、痕跡は残します。

 彼らが恐慌をきたしたのは、公爵が存命で我々が連れ帰ったからでしょう。

 ふふっ、是非にも感謝したいものです。」


 サーレルの嗤いに誰も言葉を発しなかった。


「カーン、感謝していますよ。

 なかなかに良い星回りの娘ですね。

 私の手勢もつけましょう。

 そうすれば安全は更に手厚くなるでしょう。

 えぇ、本当に本当に感謝していますよ。」


 それに鬱陶しそうにカーンは片手を振った。


「オービス、すまんな」

「いや、カーン。もう十分だ。」


 大柄な男は、情けなく眉を下げた。


「八の八は、ミルドレッド駐留が永続。

 以後の監視は元老院からの者が担います。

 これ以上の失態が無い事を祈りますよ、オービス」


 サーレルの言葉に、彼は頷いた。

 バットルーガンは、オービス・ローゼンクラムの甥だった。

 面倒とは結局、政治的な面もあったが、カーンとしても仲間の親族を処分するのは躊躇われたからだ。

 変わらないと嘯いた彼も言った通り、小さな巫女見習いと称する娘の目の前で、残酷無慈悲な判断を見せたくなかったのは事実だった。


「儂も感謝するとしよう」


 オービスの呟きに、相方のスヴェンがその肩を叩いた。

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