第316話 暫しの凪
腕に乗せられ、視界が高くなる。
トゥーラアモンだった場所は、瓦礫になっていた。
美しい街並みも、落ち着いた緑も焼け落ちた。
故意に壊した物もあるが、ナーヴェラトの痕跡が殆どだ。
街の住人の姿は無い。
侯爵が言っていたように、フリュデンへと逃れたのだろう。
フリュデンの壊れた呪術方陣は、今、どうなっているだろうか。
また、人の心に害悪の種を埋め込むような事がなければよいのだが。
「アイヒベルガー様方は」
「侯爵も瓦礫の下敷きになっていたが、あっちは長命種だ。片手を駄目にしたようだが、既に動き回っている。
息子と二人で、今は後始末に翻弄されているな。」
どの息子だろうか。
と、答えはわかっているのに、つい、皮肉が浮かぶ。
侯爵は忘れてしまうのだろうか。
イエレミアスの献身と思慕を。
グーレゴーアの愚かさと心痛を。
少なくともライナルトは、夜毎祈ってくれるだろう。
「旦那、エリは」
「わからない」
と、短く答えが返る。
問いは、形だけだ。
わかっている。
無駄な抵抗だ。
痛みで悩みを相殺し、今は深く考えたくない。
カーンに運ばれながら、私はぼんやりとする。
この地の調和は保たれた。
あの最後、獣は神に戻った。
理に沈んだのだ。
残酷で愚かな罪を喰って。
酷い頭痛と共に、その犠牲になった者達を見る。
不思議だ。
皆、何処へ。
私はゆっくりとまばたきをする。
違う。
彼らは天に召された。
だから、いない。
違う。
術が。
「先ずは医者だ。」
トゥーラアモンの西側の一角は、家が少し残っていた。
数件の人家を軍が臨時の拠点にしていた。
馬と物資が置かれ、見張りが立っている。
神官の姿も見られ、人家を中心に仮説の小屋も建てられていた。
カーンは、その神官の一人に私を預けた。
彼らと一緒に医者もいるそうだ。
後で迎えに来ると言いおいて、そのカーンは踵を返した。
未だに燻る大きな瓦礫の山の方、北の方向へと歩いていくのが見えた。
そちらには兵隊の姿が多い。
多分、あちらに死骸が残っているのだ。
げが人よりも死人が多い。
と、中年の医者が治療中にこぼす。
生き残りの集まるフリュデンの方が忙しいと思ったが、ここは不審死体ばかりで検死が追いつかない。
軍医は例の代物にかかりきり、他の医師はフリュデンへと行ってしまった。
記録を残すだけでも膨大な作業だ。
神殿の者でも兵隊でもいいから、多少、人体の知識をおさめた者がいないか?という雑談だ。
もちろん怪我人に言っているのではない。
私の頭越しで、薬師と怪我人の面倒を見て回る神官に向けての言葉だ。
話の相手である薬師は、適当な返事を返しながら、化膿止めを調合している。
見立てでは折れた足よりも、擦り傷や切り傷の方が酷い傷み具合らしい。
放置され血の巡りが滞った傷が膿はじめているのだ。
頭や腹を潰されずに済んだが、この膿んだ傷しだいでは、急死してもおかしくないと言われた。
だがそれも、大まかに外傷の手当は済んでいる。
安静にし薬を飲み、消化の良い食事をして養生すれば、問題ない健康の回復が認められる。との診断に落ち着いた。
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