第197話 フリュデンへ ③

 怖い事。

 死人と言葉を交わす己が怖い。

 死人が怖いのではない。

 私も、ボルネフェルト公爵と同じ道を歩んでいるのではないか?

 と、いう怖さだ。

 人を人とも思わず、狂っていく。

 足掻いても足掻いても、沈んでいく。

 だから、夢の中の死人は怖くない。

 本当に怖いのは、怖い事は?


「エリは、侯爵様のところに残りたかった?

 勝手に決めて、怒ってる?」


 馬に揺られてフリュデンに向かう。

 侯爵は馬車を出すと言ったが、二三日中に戻る事をラースが約束して折れた。


「怒ってない?よかった。

 侯爵様は、エリに優しい?そう

 エリは侯爵様が好き?」


 エリの答えは、手が喋る。

 肯定はひとつ、否定は二つで手が触れてくる。

 器用で賢いなぁと思う。

 喋れないのか喋りたくないのか。

 落ち着いたら、きちんと医者にみせよう。


「エリは、レイバンテールの奥方様を知ってる?」


 返事がない。


「知らない?」


 返事がない。

 振り返る。

 エリは、眉を寄せていた。

 質問の仕方が悪かったようだ。


「知らなくてもいいんだよ。向こうが知っているようなら、人別がはっきりするってだけの話だ。

 大丈夫、エリが落ち着ける場所を見つけるまで、一緒にいるからね。

 私が一緒にいるの嫌じゃないといいなぁ。

 そう、大丈夫?ありがとう」


 廃嫡子のレイバンテールは、侯爵の次男にあたる。

 彼は城塞跡であるフリュデンの街長まちおさ、アイヒベルガーの政務官という立場だ。


「廃嫡後に結婚した相手の女性ともども夫婦で養子に入ったのです。

 それも氏族では貴族位にはついていない人の子としてですね。」


 道行の途中、サーレルが仕入れたをする。


「複雑なのですね」

「そうでもないですよ。侯爵の意図は明白です。

 レイバンテール氏を絶対に跡継ぎにしないと明らかにした。

 庶民の女性と結婚させ、貴族位の無い自分の親戚筋に養子に出す。

 外に出して外部勢力を入れないようにとしたんでしょうね。

 執拗に、相続から外している。」

「血が繋がっているのにレイバンテール様は、何も相続できないのですか?それに、嫡子はお亡くなりになっています」


 あからさまな話に、先を行くラースが答えた。


「跡継ぎに、レイバンテールはなれない。

 アイヒベルガーという名には、古い規約があるのだ。」

「規約ですか?それは初耳ですね」

「色々な古い決まり事があり、それを満たせねば侯爵として氏族を率いる事ができないのです。

 公王陛下が必ず混合体であらせられるように、アイヒベルガーはアイヒベルガーの定めがあるのです。

 だから早くより、廃嫡としました。

 侯爵が好んで決めたことではありません。

 そしてレイバンテールに問題があったからでもありません。

 誰が悪いとする話でもないのです。」

「それは貴方の考え方で、当事者にすれば腹立たしい話だったのでしょうね」

「腹立たしいというより、悲しんだはずです」


 それに、サーレルは冷笑を浮かべた。

 誰が悪いも何もない。

 すでに人が死に、死にかけたのだ。


「これは期待できそうですね。」


 幸いにもサーレルの呟きは、前を行く男には聞こえなかった。




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