第105話 幕間 風が吹くだけ ②
洞穴の先に、白い光り。
穴の縁に立てば、下に仲間が見える。
縦穴の底から見えにくい場所に、この横穴があるらしい。
足場は上に向かって続いている。
どうやら、入り込んだ下り道とは別で上に抜けているようだ。
カーンは仲間に声をかけた。
上で合流しようと伝えると、彼らは撤収を始めた。
見る間に、残されていた馬ともども登り始める。
手際の良さは元々だが、慣れない寒さと陰鬱な雰囲気がそうさせているのだろう。
こちらに声をかけてきたので、首級の袋を見せれば、後は黙々と上を目指した。
胸が詰まるような冷気。
来た時よりも、更に冷えている。
洞穴で過ごした時間がよくわからない。
時間経過が頭から跳ぶのは初めてだ。と、カーンは思った。
縦穴に切り取られた空を見る。
雪雲は明け方なのか、青白く薄ぼんやりと光って見えた。
この世の果てのようだ。
肩に乗る小さな頭から、心許ない微かな息。
すると早く外へ出なければと、奇妙な焦燥を覚える。
まるで何かを恐れているかのように。
恐れ?何を
立ち止まる。
だが、それも一瞬で流された。
カーンは、再び前へと歩く。
くだらない事が重要に思えるのは、疲れている証拠だ。
細く脆い足場に注意して、仲間と早く合流すべきだ。
合流し早く戻るのだ。と、己に似た声が内で言う。
追われるように登り、見えるは地上へ出入りする亀裂。
そこには焚き火があった。
囲んでいるのは、五人の年寄り。
あれが道案内の娘が言う、狩人達か。
娘?
頻りに娘が気にしていた村人達。
五人の年寄りは、火を囲んで穴の底へと目を向けていた。
先に辿りついたのは、馬を引いたカーンの部下達の方だった。
暖をとる年寄り達と、話し合っている。
これまでの経緯と情報を交換しているのだろうか?
カーンは、彼らを見ているうちに、記憶の切れ端を取り逃がした。
何を考えていたのかわからなくなる。
そして背後を振り返った。
意味は無い。
真っ黒な穴を振り返ってから、白い雪片を見上げた。
闇に白い雪片が消えていく。
黒々とした闇。
カーンは思った。
俺は何も感じない。
いつものことだろ?
一本の剣に意志は無い。
踏み出す背中に風が吹く。
風が吹いて、それだけだ。
***
村の狩人達は、カーン達に経緯を問われた。
案内し、恐ろしくなり逃げた。
崩落で、高貴な客人と領主が死んだので逃げた。
年老いた狩人達は言う。
下々には、高貴な方々の考えははかり難い。
罪人が逃れる先に、ここを選ばれた理由もわからない。
ましてや、皆、死んでしまったあとの事。
そも我らのような者が、推し量る事に意味がありましょうか?
確かに。
と、カーンも同意した。
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