第106話 幕間 山小屋にて

 狩人達は何も聞かず何も話さず。

 辺境の民草は、実に賢く余所者を寄せ付けない。

 この態度をみれば、あんな風でも娘は人当たりがよかったのだ。


(まぁ、獣人兵が来たら、東部の人族は恐れて隠れるものだ。それに娘なら、よけい怖かったろう)


 そんな事を思いながら、カーンは細縄を解く。

 娘を下ろし、そのまま馬に乗せようとした。

 すると年寄りの一人、頑健そうな男が背負うと申し出た。

 だが、いかに頑健そうでも、意識の無い娘を背負うには頼りない。このまま自分の馬に乗せるとカーンは告げた。

 それに返るは、凝視と沈黙だ。

 感情の読めない目だ。と、カーンは思う。

 この視線は良く知っている。

 不安と警戒、品定めの視線だ。

 何だ?と、問う。

 それに更に拒絶するかと思ったが、彼らは何も言わずに背を向けた。

 そうして何とも言えない沈黙だけを残して、彼らは縦穴を後にした。

 はらはらと重みのある雪が降る。

 朝焼けの空は色をつけていたが、先導する年寄りが言うには、昼前から荒れるそうだ。

 このまま沼地を含む森に入ると難儀である。と、北の山にある小屋に一時向かう事になった。

 小屋は山裾にあり、凍えて飢える事が無いよう備えがあるそうだ。

 ひとまず年寄りの言うままに、そこへと避難する事になった。

 仲間と話し合う必要があるが、天候は待ってはくれない。

 急げ急げと足を早めた。

 凍てついた大気に白と灰色の景色。

 南部南領では見ることのない、孤絶した何とも言い難い景色だ。

 カーンと仲間は、殆どを密林や砂漠といった暑い地域で過ごしてきた。

 雪中行軍は殆ど初めてだ。

 独特の雰囲気に刺々しい寒さ。

 それでもぼんやりと明るくなってくると、歩みも軽くなる。

 陽がのぼったのか、薄明るさの中、山に向かう道らしきものを認めると馬の歩みも早くなった。

 時々、カーンは振り返った。

 黒々とした岩の壁も遠い。

 転じた視線の先には、荒ぶる空に稲妻が奔る。

 街道に戻るには大回りだが、厭な空の色を見れば迂回するのが賢明だ。

 老練な狩人の読みはアタリのようだ。

 西から嫌な色の雲が次々と大きく湧き上がっている。

 見入ってしまうような自然の荒々しさと不思議さだが、そんな悠長に見ている場合ではない。

 山裾の小屋にたどり着くのが先決と、年寄り達も駆けるように急いだ。

 それでも沼地より足場が良いといっても、この山裾への道も悪路だ。

 雪の下は脆い石と岩の層が連なり、底なし沼とは又別の危うい地形という。

 年寄り達の案内がなければ、急ぎ抜ける事は馬を連れては難しいだろう。

 まして雪は何もかも隠してしまう。

 それを年寄り達は、第三の目があるかのように、避けては走り抜ける。

 何を避けているのかと見てみたが、それが雪の吹き溜まりか、硝子よりも脆い足場なのか見当もつかない。

 玄人に口出しした所で、余計な話である。

 小柄な年寄り達の後をかけながら、カーンも仲間たちも口をだす愚は侵さなかった。

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