第107話 幕間 山小屋にて ②

 娘の顔色が悪い。

 体温が下がりすぎたようだ。


 カーンは娘を背負うことにした。

 動揺した狩人達を宥めながら、外套を一度脱ぐ。

 鎧上の上着の布地は厚手なので、縛り付けても娘は痛まぬだろう。

 革帯で娘を括り付け、外套をその上から羽織る。そして更にその上から馬上で包んでいた毛織物を被った。

 皮肉屋の補佐官が呆れたように、眉を上げ下げする。

 カーンも眉を上げてみせると、仕事が一段落ついた気安さからか、部下たちが小さく笑った。

 こんな姿を仕事仲間が見たら、さぞ笑う事だろう。

 滅多に見れない珍事だと騒ぐはずだ。

 カーンは頭を振ると年寄り達に、娘は大丈夫だと先を急がせた。

 娘の息は確かだ。

 片手で娘を押さえながら歩く。

 馬の揺れから解放した為か、体が冷たくなるほどではない。

 塵掃除を拝命する輩が、村娘を背負っての雪中行軍。

 街を歩けば、女子供は逃げ隠れ、破落戸は姿を消す紅蓮の兵隊がだ。

 その兵隊が、何の因果か子守姿で雪をかき分けている。

 笑えるはずだが、カーンは笑えなかった。

 座りが悪いというのだろうか。

 居心地が悪いのだ。

 まるで誰かに覗き見られているような、不快な感じがする。

 見回したところで、白い地平に獣の群れが見えるだけだが。


 ***


 山小屋に着くと、程なく猛烈な吹雪になった。

 さっそく火をおこし、土間に馬たちを入れる。

 薪と炭は十分にあり、小屋と称していたが広さは豪農の本屋敷といった具合だ。

 冬の間、馬を入れる場所も広く水回りも備わっている。

 誰も住んでいない山小屋というが、元は絶滅領域を通っていた街道の名残かもしれない。

 多くの集落が、凍りついた山々にあったはずなのだ。

 年寄り達は、備蓄されていた薪と、飼い葉を運び込む。

 彼らが火を起こす間に、カーン達も馬具を下ろし馬の手入れを始める。

 暖炉に火が入り、竃にも鍋が置かれ。

 そうして室内が温まったところで、カーンは娘を下ろした。

 山小屋は寝泊まりできる部屋が、贅沢にも三部屋もある。

 三部屋といっても暖炉を囲み、家畜も暖かくなるよう仕切りは取り払われていたが。

 その暖炉の側に娘を下ろす。

 年寄り達は、すぐさまカーンを押しのけると、乾いた布を娘の装備に押し当てた。

 湿気を先に取ろうというのだろう。

 そして外套と靴、頭巾を脱がせ、中身が雪に濡れていないかを確かめると寝具に包んだ。

 手足の指は大丈夫かと声をかける。

 中身は乾いており、手指は血が通っているとの答え。

 すると年寄りの一人が、声を殺して泣き出した。

 他の年寄りも泣きたいのだろう、娘の頭を撫でると俯いた。

 それに頭領の狩人が、食事の支度と皆が休めるよう支度をするようにと指示を出した。

 年寄り達はそれぞれに動き出した。

 娘は眠ったままだが、さきほどより顔色が戻っている。

 気付けの酒もいらないだろう。

 寝具から覗く兎の耳あてを見つめ、カーンはため息をついた。



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