第108話 幕間 山小屋にて ③

「カーン、小僧の顔はどうしたんだ?」


 暖炉の前、装備を落とした部下たちが地図を広げている。

 今後の予定を話し合っていた。

 先の問いは話し合う一人、癇性な口調のイグナシオだ。

 戦わず終わった事で不完全燃焼を起こしている。

 だから別段、狩人や眠る子供に苛ついているのではない。

 そして気になったから口に出しただけである。


「知らん、元からじゃないのか?」


 カーンの答えに、言い出した男は補佐官を見た。

 日頃、気が合わないと自覚しあっている二人だが、相手の意見を聞きたがる。と、いう矛盾した行為をする。

 意見が合わない。つまり合わない二人の見解が同じ場合は、正解だ。


「俺も頭巾の下までしっかりと見たわけじゃない。この辺りの風習じゃないのか?」

「目が覚めないようですが、どこか怪我を?」


 補佐官、サーレルの問いに、カーンは肩をすくめた。


「崩落で気を失っただけだ。目が覚めん理由は、知らん」

「知らん?貴方らしくもない。何ですか、そのいい加減な言い草は」


 咎める声に、医務官の資格を持つ部下、エンリケが診に立った。


「何処も打ってねぇよ。気を失っちゃいるが、怪我はねぇ」

「カーン、どうしたんですか、本当に貴方らしくないですよ?」


 どうした?いや、どうもしていない、はず?


(いつものお前だ。

 他人を気遣う心など元からない、無情な屑だ)


 水の膜を通したような声が言う。


「カーン、大丈夫ですか?」


 疲れたのだろうか意識が一瞬それた。と、カーンは頭を振った。


「否、なんでもねぇよ」

「エンリケ、どうです?」

「触診だけだが、外傷は見当たらない。経過をみて目覚めぬようなら薬を試す。子供に使って良い薬が手持にない。まぁ天気を見てからどうするか決めてもよかろう。領主館に立ち寄るかどうかにもよる」

「よう爺さん、この吹雪はどのくらい続くんだ?」


 食事の支度を仕切り、細々と動いていた頭領が答える。


「3日、そのぐらいでしょう」


 その視線には今度こそ、はっきりと不快な感情があった。

 見慣れたそれにカーンは笑い返した。


「目覚めねぇようなら、こっちの手持の薬を使うが、どうだ?」

「御心遣い感謝いたします。ですが、この子も疲れただけ、すぐに目が覚めましょう」


 はっきりとした拒絶はいつもの事だった。

 武力集団を歓迎する地方民などそうそういない。

 カーンは肩をすくめると仲間に言った。


「だそうだ」

「もうすぐ、粗末なものですが食事ができあがります。それまでお休みなされ」


 との頭領の言葉に、カーンと仲間たちは又、話し合いに戻った。

 奇妙な事に、刺々しい態度にカーンは安堵を覚えた。


「迎えに行った時、私は気が付きませんでした。」


 サーレルの呟きに、イグナシオが唇を曲げた。


「俺の勘違いかもな」

「まぁから、ここに運び込むまで、子供の顔をじっくり見た事はありませんでしたしね」


 暖炉に薪と小枝を放り込む。

 火花が散って、儚く消えた。

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