第540話 挿話 煉獄への道程 ⑤

 ウォルトの指示に、商会員と少年兵が領兵町へと駆け出す。

 そして孫は、巫女と一緒に建物の奥へと入った。


「レンティーヌ」


 潮風に混じる人の焼け焦げる匂い。


「どうなっているんだ?」


 タンタル砦と同じ風が吹く。

 人が焼かれる匂いに混じる、不安と恐怖の兆し。


「ここまで、運んでしまったらしいの」

「どういう事だ?」

「昔話って必ず、三つの約束事があるでしょう?」


 笑顔のままに、が答える。


「人って、約束を破るから。

 それに今度の事は、絶対に許さないそうよ。

 とてもとても、怒っているわね。

 約束を壊してしまったんですもの。」


「何が起きている?」


「番人を殺して、死骸を持ち出そうとしたのよ。

 けど、持ち出せないから隠したようね。

 番人がいなければ自由になるのは、姉様あねさまも同じ。

 馬鹿よね、命拾いしたのに、自分から死ににいくなんてね。」


「誰が」


「お父さん、姉様あねさまは許してくださるそうよ。

 よかったわね。

 ずっと変わらずにいるなんて、正気では無理なのに。

 それができたお父さんを、姉様あねさまは、赦すそうよ」


「レンティーヌ」


「それに、結局」


 女の死体を改めていたウォルトから声がかかる。


「暫く火の番をしてくれ、そっちの被害者には、手をつけねぇでいいからな。

 それと、奥さん。

 ちっとぉ来てくれや。この娘の持ち物をちょっと探ってくれや。

 身元が知りてぇ」


「はい、町のお医者も呼びましょうか?」


「いんやぁ役場の者が来てからだなぁ」


 燃え上がる肉と油。

 毛が焼け焦げる異臭が広がる。

 もくもくと黒煙があがり、その向こうでは娘とウォルトが死体をあらためる。

 剣に付着した、血糊と人肉の油を拭う。

 ぼんやりと炎を見ながら、支配が弱まる理由、新たなる罪人の所在を考える。

 徐々に自我が戻ったのは、この土地に来てからだ。

 城塞に入り教会で働き、孫も身を寄せるようになってから、だろうか。

 檻の中で足掻いた記憶さえ無く。

 やっと荒れ果てた人生が目に入るようになったのは、最近だ。

 何もかも目にしていた筈なのに、意味が掴めず記憶にも残らない。

 悲しみも苦しみも忘れてはならないのに。

 愛する人を無惨な死に様にした事を、忘れてはならないのに。


 囂々と燃える炎に、骨が見え始める。

 時々、手渡される油薬をかける。


 何が理由にしろ、まずい事が起きている。

 私を囚えていた災厄が、他に気を移した。

 つまり、同じ様に無惨な出来事が来る。


 だが、私に何ができようか?

 もう、私には何も残っていない。


 生き残っているのは、孫のビミンだけだ。


 ビミンの人生を曲げぬように、私は生きていかねばならない。

 死を許しと勘違いしてはならないからだ。

 生きて苦しまねばならないからだ。

 死ぬ時も苦しまねばならない。


 炎はやがて小さくなった。

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