第541話 挿話 煉獄への道程 ⑥

 ぼんやりとする意識を掴む。

 何が始まりだった?

 そして今に続く道程を探す。


 そうだ。

 救いたいと考えて、一歩を踏み出した。

 幸せをつかみ取りたかった。

 一人になりたくないという浅ましい願いだった。

 その願いの為に、皆、死んでしまった。

 あれほど大切にしていた全てが、無い。

 根こそぎ消えた。


 息が苦しい。


 後悔する。

 と、忠告は受けていた。

 手にした者は、滅びるとも。

 あの者は、最初に言ったではないか。


『死者は眠らせるに限る。

 それでも貴方は望むのか』


 どうか、妻を、どうか。


『これは反魂の薬ではありません。

 おわかりか?

 これは邪悪を呼び覚ます、穢れた種なのですよ』


 消えた命を取り戻すのでしょう?


『いいえ、いいえ。

 貴方の神は知っておいででしょう。

 死とは後戻りできぬ、道なのです。

 我らの行いを見たのでしょう?

 勘違いさせてしまいましたね。

 あれは罪人を追う為に、喰わせたのですよ。』


 だが、息を吹き返した。


『えぇ、そうですね。

 一時の間の事です。

 いずれ、腐れ狂い死ぬでしょう。

 罪人を見つけるまで、寄生しながら。

 貴方が望む、復活ではありません』


 それでも、私は。


『..約束ですよ。

 これを男に使ってはならない。

 死者を保たせる時間は一時、長引かせてはならない。

 これは焼いて処分する事。


 この三つを守れば、呪われる事は無いでしょう。』


 私は約束を破った。

 永遠が欲しかった。

 愛ではない。

 私の、欲であった。

 自分の思いだけを見続けた。

 皆の心を裏切った。

 だから、私は失った。


 嘆く甘えは、終わりにしなければ。


 思い出せたんだから。


 死んだ妻。

 死んだ息子。

 呪われた娘。

 卑怯者の私。


 臨界点は近い。


 同じような間違いを選んだ者いる。

 私を手放す程の、罪を選んだ者だ。

 今度は、逃げ出せない。

 楽になりたい。

 早く、楽に?


 違う。

 楽になってはならない。

 思い出せ。

 思い出すんだ。

 あの手帳、そう、だ。

 神官が死んだ、原因だ。

 あの時だ。

 私の呪縛が薄れたのは、遺品の手帳だ。

 あの手帳は、何処にある?

 隠した?

 違う。

 隠していない。

 記憶が無い。

 目にした内容も、あらかた抜け落ちている。

 新しい罪人の名だ。

 新しい苗床。

 思い出せない。

 行方不明の、誰かの名前。


 あぁ思い出したくない。

 楽になりたい。


 駄目だ。

 もう、思い出しただろう?


『貴方、ほら、泣かないで。

 私が消えても、家族がいるわ。

 ほら、ビミンに見つかる前に、涙をぬぐって。

 強いお祖父ちゃんじゃないとね。

 さぁ、お別れよ。

 いつか、また、ね。』
























 躊躇っちゃだめよ。


 私が狂う前に、焼き殺すの。

 そうすれば、これ以上、恐ろしい事は続かないはずよ。

 火なら死ぬと思うわ。

 どうしても邪魔されて、自分では死ねないの。

 だから、お願い。

 早く、私を燃やして。

 死者は灰に。

 約束よ、誰にも、これを与えては駄目よ。

 さぁ、早く、私を、殺すのよ。

 ニルダヌス、さぁ、覚悟しなさい。























 私は、約束を破った。

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