第542話 挿話 煉獄への道程、或いは誰かの終わり
『悲運に見舞われながらも、慈悲を願う者の肉から生えでた種だ。
そこに子供を奪われた女の怒りと憎悪が込められている。
これが追うは、鬼畜生である。
無闇に手出ししてはならない。
そして男に入り込めば、際限なく増えるだろう。』
深夜、集会場にて雑魚寝する中、ふと、あの旅人の言葉を思い出した。
女に植えれば勝手に苗床を吸い尽くしてやがて実になり、種に戻る。
だが、男に植えるとそれは...
「お父さん、私は幸せよ」
眠り込んだビミンを見ながら、レンティーヌがぽつりと呟く。
「それに許されたのは、お父さんが忠実だったから。
悪いのは、私だけ」
不意に生きていた頃の娘が戻る。
「大丈夫、大丈夫よ。
私達、絶対に許さないから。」
それは一瞬で消え、娘の器は目を閉じた。
「我らは、裏切り者を許しはしない。
貴様は約定を守れなかったが、忠実ではあった。
たった一人に尽くしたその愚かしさを、我らは好ましく思う。
愚かだが、赦そう。
大罪人が解き放たれたゆえ、やっと息の根を止める事もできようし。
その喜ばしき斎いが来たれば、全ての罪は滅びる故に、赦す。」
この後、生き残れるかは、我関せずじゃ。
さぁ取りこぼさぬよう、足掻くがよい。
斎いじゃ、斎いじゃ。
***
それから三日後の朝。
アッシュガルトから内地の三公貴族の合同領主館へと続く街道に、奇っ怪な男達が現れた。
奇っ怪な男達は、領主館を襲った。
領主館とは、領土兵が駐留する関の町も含む。
当然、関の町の住民も被害にあった。
襲撃から程なく、内地の領土兵が駆けつけ対応にあたる。
そして即座にミルドレッド城塞へと抗議の使者が送られた。
獣人による、マレイラ人族地域への襲撃としての抗議だ。
これに城塞の駐留中央高官が対応。
獣人による襲撃という事実無根の抗議に対して、治安回復名目の派兵をマレイラに行う用意があると対応する。
そして襲撃犯とされる数名の男を、領土兵側へと引き渡した。
三名の、人族長命種系統の男達、それもマレイラ人のだ。
その三名の人族は、獣人との混血を疑われた。
だが、身元は地元民のマレイラ東部人であり、もとより、長命種人族と名乗る由緒正しい者どもだ。
その成れの果てがどのような姿であろうとも、彼らが人族長命種であることは動かしがたい事実である。
しかし、それでも強硬な姿勢で、獣人による陰謀であるという抗議を、東の貴族連から示させる。
だが、時を置かずして、その抗議は立ち消えた。
それよりも深刻な事態、合同派兵していた領土兵の集団が、まるで獣人のように肉体を変異させ、東地域全体で殺戮を行い始めたとの報告がなされた。
報告は、極東沿岸沿いのボフダン公爵が自領封鎖を中央に打診する形で行われ、同時に領土兵をコルテスに次いで撤退する事態となる。
現時点でボフダン領土内地に、そのような変化した者は見られず、事態が沈静化するまでの間、海路と陸路両方を一度閉じるとの事であった。
また、コルテス領土からの音信が不通となっており、シェルバン人からの多くの抗議も、マレイラ全体での状況把握に追われる事で保留となった。
この間に、マレイラ人からの抗議内容は、速やかに中央へと届けられた。
問題の文脈、獣人のようと、はっきりと記載された抗議文をだ。
野蛮な行為を為しているのは、東マレイラの人族であり、獣人を引き合いに出す事、それも公式の文書に記載するのは、十分すぎる侮辱行為である。
この東公外交の官僚の抗議文は、中央政府と中央軍本部にも届けられた。
東の人間には最悪の間だが、たまたまミルドレッドに駐在していた中央高官が、そのままの形で発送した為、たまたま元老院議員の目に触れる事となる。
早い話が、たまたま公王の目の前に広げられたのだ。
結果、東の今回の騒動に対して、中央政府、軍共に静観の姿勢となる。
マレイラ人同士が殺し合っても中央はかんせず。
勝手に殺し合えば良いという姿勢が決定した。
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