第201話 不憫なるモノ ②

「なんと不憫ふびんな娘でしょう。

 私の知り合いは、既に鬼籍きせきに入っており、村との縁は切れていおりますが。

 使用人はシュランゲの者、同郷のよしみです。

 この可哀想な子供は、私が引き受けましょう。

 えぇ、一人使用人が増えたところで変わりはありません。」


 笑顔。

 女の中を見る。

 くるくると瞳の中に漂うモノ。


「同郷の者達と話がしたい」


 ラースの言葉に、彼女は頷いた。


「そうですね、彼らも皆、故郷が心配でしょうから。

 ですが、彼らも家族揃って出た者達です。

 村から出て時もたっております。それほど思い入れはございませんでしょう」


 と、奥方の言葉が、三日月に微笑む口から漏れた。

 これは何だ?

 私は瞬きをする。


「そういえばシュランゲからの者も、館に残っているのは少数。

 それも不在の旦那様と買付に行っておりまして。

 もうすぐ、お戻りになりますわ。

 どうせ引き取るのですから、今夜から、この館にて娘の面倒をみますわ」


 エリがあごをあげた。

 奥方をじっと見つめる。

 見つめられた彼女は目を細め、手巾で口元を隠したまま微笑んだように見せかけた。

 にらみ合う二人に気が付かぬのか、サーレルは考えるように、唇に指を添えていた。

 ラースも暗い表情で考え込む。


「大変、奇特な提案ですが、何か履き違えているようですね」


 サーレルの言葉に、奥方は何かを返そうとした。

 だが、素早くラースがさえぎった。


「使者殿は人別の確認に来たのであって、子供を預けに来たのではない。

 質問の意図を取り違えたようだ。

 貴女はこの子を知らない?

 シュランゲからの使用人はここにはいない?」

「えぇ、ですのでこちらで、その憐れな子供を預かりましょうと提案しているのです」


 トントンと音がした。

 会話の空白に、サーレルの指が椅子の肘掛ひじかけを叩いている音だ。


「質問には明確に返答しなさい」

「しておりますが、どうなさいました?

 いつもとご様子が違いましてよ」


 エリからラースに視線を戻すと、悲しそうな表情で彼女は言った。

 それに彼は表情を無くすと静かに返した。


「レイバンテールは何処へ」

「商品の買付ですわ。あちこち回っているので今何処かはわかりません」

「使用人の身元の書類を」

「旦那様の物は旦那様が管理していますから」

「シュランゲ出身の使用人の家族はいるだろう」

「皆、老いて家族はいませんの」

「レイバンテールはいつ戻る?」

「明日か明後日には、ですが困ったことにはっきりとしないのです。子供をこちらで引き取っておけば、帰り次第、確認ができ手間も省けるでしょう。そちらのお手を煩わせるよりも、女手もありますしね。

 主人が帰りましたら使いの者を送りますわ。何か問題がありまして?」


(問題だらけだね。

 そもそも庶民の女が、侯爵の使者を下座に置くなんて無礼討ちでいいんだよね。

 まして同行者も高位の人間だ。

 その人間に子供を置いて帰れ、連絡を待っていろ?

 火も入っていない部屋に通している事も、正気じゃない。

 無知、当て擦り?それとも冗談かなぁ。

 顔の肉で誰も彼もがだませると思っている、不憫な女だったら面白いよね。

 でも、他の意図があるなら、要警戒だ。)

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