第202話 コインの裏

「レイバンテールに話がある。

 帰るまで、待たせてもらいたい。」


 ラースは奥方の話を切った。

 それにサーレルは舌で己の頬を押している。

 辛辣な言葉を我慢しているようだ。

 鼻で息を逃がすと彼は笑い混じりの声で言った。


「私も氏の使用人に確認をしたい。二度手間でここまで来るのも面倒です。」

「見てのご覧の通り、我が家でもてなすには人手もございませんし」


 私は一歩踏み出し、ぬかづいた。


 それに奥方は言葉を途切れさせる。

 困惑したのか、作法を知らないのか返事がない。

 私が言葉を待っていると、サーレルが代わりに言葉をくれた。


「どうしました?」

「はい、旦那様。お願いがございます」

「何だね、奥方の時間をとらせてはいけないよ」


 ここでようやく、奥方は気がついた。


「どうぞ、何かしら?」

「はい、お嬢様はお疲れのご様子。僭越ながら、見知った者がお側に着くのをお許し願えますでしょうか?」


 それに奥方が何か言う前に、サーレルが言葉を挟んだ。


「そうだね、我々がこちらで待つ間、この子供の世話はお前がするといい。もし、一晩なりと滞在が伸びるようなら、お前が側にいて面倒をみれば、奥方の手を煩わせることもなかろう。如何か?」

「使用人は館にもたくさんおりますわ」

「おや、私達を饗すには人がいないと仰っていたようですが?」


 すると、それまで黙っていたラースが口を開いた。


「部屋を用意するように」


 口を開こうとした奥方は、諦めたように頷いた。


 そうしてラースとサーレルは別室に。

 奥方が先に退出し、使用人にそれぞれが案内を受ける。

 その別れ際にサーレルがささやいた。


「もし、何か気に入らぬ事があるようなら、うまやまで行けば何とかなります。馬の用意はさせてありますので。厩はこの建物の西南側ですよ。」


 どういう事だと問う前に、彼らとは引き離された。

 言葉通りに受け取れば、厩には仲間がいるという事になる。

 多少の安心材料だが、それで心が安らぐわけもない。

 ラースが連れてきた二人の兵士は、侯爵の元へと帰った。事の成り行きを知らせるのと、取って返してラースの元へと手勢を引き連れてくるようだ。

 どうもラースは、レイバンテールが不在というのを信じていないようだ。

 つまり、ここにレイバンテールがいるはずなのだ。


 ***


 暗い。


 館は灯りが絞られており、豪華な調度が薄暗い中で影をつくる。

 やはり部屋の暖炉には火が入っておらず、空気は寒々としていた。

 本来なら客間ぐらいは温めるものだ。

 私とエリが案内された部屋は、サーレル達とは逆の方向で、屋敷の端の小部屋だった。

 その扉を薄く開けて廊下を見る。

 ぼんやりと微笑んで歩く使用人の女性がいた。

 ヘラヘラと笑う女。

 手には洗濯籠を抱えて、中身は絞られていない濡れた塊がある。

 きっと色々な事が失われてしまったのだろう。

 こんな場所にいてはいけない。

 扉の側に来たのでそっと隙間を閉じた。


 元々、フリュデンを見た時からわかっていた。

 エリも私も、わかっていた。

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