第844話 モルソバーンにて 其の一 ⑧

 神罰の飾り。


 この昔話は、民間伝承である。

 その為、この神を神聖教の神と定めている訳では無い。

 話を聞いた人の考える、信仰する神を当てはめるものだ。

 厳密に、どんな種族、土地、時代、文化、言語をもつ特定の神語りかを確かめるような話ではない。

 昔々あるところに、という奴だ。


 故に、このモルソバーンの家々に顔をのぞかせるそれら印が、私の知る意味と同じかはわからない。

 時間潰しに、屁理屈をこね回していただけである。


 アーべラインの館から、まだ誰も出てこない。

 大丈夫だろうか?

 と、また、不安の種が育つ。


 雨は徐々に激しさを増している。

 昼日中というのに、あたりを薄暗くし視界を灰色に塗りつぶしていく。

 立ち尽くす兵士は、外套の頭巾を深くかぶり、馬の雨避けの具合を時々見ている。

 それでも、いつでも動けるように待機し続けた。

 カーン達が側にいる限り、公爵は安全だ。

 何かが起こった時、兵隊たちが即応すれば、どうにでもなるだろう。


 そうわかっていても、重苦しい気持ちが大きくなる。


 わかっている。

 この心を絞る感情の意味はわかっている。


 おかしな事だ。


 体が弱ると心も弱るのだろうか。

 信じられない訳じゃない。

 ただ、心配なんだ。

 心配で、寂しい。

 早く、出てきて欲しいな。


 ...

 ...

 ...


 ぽん


 雨に打ち沈んでいると、聞き慣れない音がした。


 ぽん


 何かが弾ける可愛らしい音だ。

 見回す。

 この荷駄に続く、もう一台が揺れている。


 馬の所為?


 荷駄を引く二頭の馬は、呑気な面持ちで雨も気にせず草を食んでいる。

 馬の足は動いていないし、食んでいるのは足元の雑草だ。

 荷駄の重量を考えれば、ゆさゆさと横揺れする訳もない。


「動かないでください。自分が確認します」


 ザムが揺れる荷駄の防水布をめくり荷を確かめた。


「木陰に寄せろ」


 荷駄を扱う兵士が、枝を張り出す木陰に寄せる。

 そして荷物の後ろ、防水布を前にたたむ。


 そこにはあの蔦に覆われた男達が転がっていた。


 公爵の要望での運搬だ。

 今では人型の緑の塊である。

 時折、蔦が蠢いていたが、他に触手を向ける事もなくおとなしい。

 見た限り、可愛らしい薄桃色の花が二つあった。


 ぽん


 目の前で、小さな蕾が弾ける。

 可愛らしい音は、花が咲く音だった。


 自称コルテスの墓守と護衛たちは、既に二人果てた。

 蔦も一緒に枯れて、中身も蕩けていたので焼却処分とした。


 長命種との話だったが、このような死に様であるとにはならぬようだった。

 どれがあの墓守だったのか、護衛だったのかはわからない。

 公爵が確かめようにも、生前の面影もわからぬほどの悍ましい有り様である。

 蔦を顔だけでも剥がすと、肉も何もかもが破れ崩れるのだ。

 残りの者も中身を見るには、腐食する汁に吸い付かれ容易ではない。


 それに公爵は苦しみが長引くことを望んでいる。

 見世物にしたいのだ。


 中身が誰かは重要ではない。

 コルテスに歯向かう者、裏切り者の末路を見せるが肝要。

 既に公爵にとっては記憶にも残らぬ者であり、百舌鳥の早贄を御所望という訳だ。


 残酷と思うか?


 私は思わない。

 言葉をわからぬ獣には、力を見せつける必要がある。

 獣が人の領分を荒らせばどうなるか、理解させねばならぬのだ。

 仔山羊を守るには、獣の死骸を吊るすのが良い。

 それもわからぬようならば、死骸を餌にするだけだ。


 その餌に花が咲いた。


 残り四体の内ひとつ。

 見事に花が咲いていた。


 お花が咲いたら?


 テトは喜び。

 血の海に沈んだ少女達は笑った。


 ここでお花が咲いた。

 それは何の合図だ?


 と、その時。


 テトが急に鋭い威嚇の声をあげた。

 突然の鳴き声。

 荷駄に向けていた視線を返す。

 振り返るとアーべラインの館に緋色が見える。

 暗い窓に炎だ。


 私が気がつくのと、兵隊達が建物に殺到するのは同時だった。

 そして次にモルドが私を担ぎ、ザムが武器を抜いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る